傷害罪の刑は、50万円以下の罰金から15年以下の拘禁刑までです(刑法204条)。司法統計年報(令和6年)では、傷害の罪で懲役・禁錮の有罪となった1,877人のうち1,220人に執行猶予が付きました(65.0%。ただし傷害致死と暴行を含む)。当事務所が確認した裁判例45件の実刑13件は、回復の見込みのない後遺障害、前科、全面否認、危険な凶器の使用と反省の欠如のどれかに当たっていました。初犯で後遺障害が残らず犯行を認めた事件は、執行猶予となるケースが大半です。なお、これらの資料は参考程度にとどまり、どの刑が言い渡されるかの明確な見通しは立ちません。裁判例45件と司法統計を通して、傷害罪の量刑相場を検討します。
傷害罪そのものの成立要件と暴行罪との違いは、暴行罪・傷害罪の解説で扱っています。
第1 傷害罪の量刑の枠組み
1 法定刑と罰金・略式
傷害罪の刑には罰金と拘禁刑の両方があります。検察庁の処理を終えた人のうち起訴されるのは3割弱で、起訴された人の6割強は罰金の略式命令請求です。
人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
(刑法204条)
法務省『令和7年版犯罪白書』(資料2-2・検察統計年報による)によると、令和6年に傷害罪で検察庁の処理を終えた人は、21,745人です。内訳は、起訴5,701人(公判請求2,086人・略式命令請求3,615人)、不起訴13,371人(うち起訴猶予10,089人)、家庭裁判所送致2,673人です。起訴率は29.9%で、起訴と不起訴の合計を分母とする数値です(家庭裁判所送致は分母に含まれません)。起訴された人のうち略式命令請求は63.4%です(当事務所の算出)。

通常の裁判で傷害罪(傷害致死を除く)の罰金となった356人のうち、20万円以上50万円未満が211人、10万円以上20万円未満が115人です(同白書2-3-3-4表・司法統計年報による)。
罰金を納めない場合は、1日以上2年以下の期間、労役場に留置されます(刑法18条1項)。期間は判決で言い渡され(同条4項)、実務では1日あたりの換算額の形で示されます。新たに労役場に留置された人の年間の人数は公表されていません。
公判請求されて拘禁刑が言い渡された場合、その刑が3年以下であれば執行猶予が付く余地があります(刑法25条1項)。もっとも、略式命令請求と公判請求を分ける基準は公表されていません。経験上、診断書に記載された怪我の内容が骨折以上であれば公判請求を疑います。
略式手続では、量刑について被告人や弁護人が意見を述べる機会がなく、裁判官は検察官の科刑意見を参考にして量刑を定めるとされています。
2 犯情と一般情状の二段階
量刑は、犯情で刑の大枠を決め、次に一般情状で宣告刑を決める二段階で判断されます。
犯情とは、犯行の動機、手段と方法、結果といった、犯罪行為自体に関する要素です。傷害事件では、けんかに至った経緯、素手か凶器か、暴行の回数、けがの部位と治療期間、後遺障害の有無がここに入ります。
一般情状は、前科、示談と被害弁償、反省の内容、再犯を防ぐ環境、被害者側の処罰感情です。量刑の本質は行為責任であり、犯情で決まった大枠を後の事情で大きく動かすことは想定されていません。
以下の検討を被害結果ごとに分けるのは、犯情のうち結果が刑の大枠に対応しているためです。
宣告刑は検察官の求刑を軸に決まります。これまでの経験では、実刑事案の宣告刑は求刑の8割程度が目安で、当事務所が確認した裁判例45件の実刑群は求刑の56〜89%でした。
第2 分析の対象
この記事は、傷害事件の裁判例を素材として、実刑と執行猶予を分けている事情を検討します。具体的には、判例データベース(D1-Law.com判例体系)から抽出した傷害罪単独・第一審・有罪の裁判例45件(2014年10月から2025年10月まで。抽出方法の異なる3回の検索の合算。以下「分析対象裁判例」といいます。)を用います。内訳は、全部執行猶予32件、実刑13件です。
もっとも、この種のデータベースには不起訴となった事案や、認め事件として略式命令で終わった事件は含まれません。分析対象裁判例だけでは傷害事件全体における各裁判例の位置づけが見えにくいため、全体の分布は司法統計年報(令和6年)によることとしました。
なお、区分審理により量刑が別事件で言い渡されたもの、罰金となったもの、組織的犯行で被告人ごとに刑が分かれるものの3件は、表の作成にあたって除外しています。示談の記載は45件のうち22件にとどまり、記載がないことは示談がなかったことを意味しない点をお含みおきください。
全体の分布に用いる司法統計(令和6年・傷害の罪)では、懲役・禁錮の有罪となった1,877人が、全部執行猶予1,220人と実刑657人に分かれています。
分析対象裁判例はいずれも「懲役」の言渡しです。2025年6月1日以後の行為には、拘禁刑が言い渡されます。
被害結果を分類の一方の軸とするのは、検察庁の終局処分の指針が、結果の重大性で類型化した枠を一方の軸とし、行為の悪質性を評点で数値化して組み合わせると説明されているためです。結果だけで決める考え方ではなく、両者の組合せで決める考え方です。
個別の事案は、当事務所の要約で紹介します。
第3 被害結果別の量刑
分析対象裁判例45件では、治療期間の日数ではなく、後遺障害が残るかどうかが結論に影響を与えていることが分かります。
治療期間の区分ごとに量刑の幅を示し、実刑事案だけを別に検討する方法は、交通事件の量刑研究で用いられている整理に倣っています。
| 区分 | 件数(執行猶予/実刑) | 宣告刑の幅 |
|---|---|---|
| 全治2週間以内 | 12件(10/2) | 猶予1年〜3年・実刑1年4月と1年8月 |
| 全治1か月以内 | 8件(7/1) | 猶予1年〜2年6月・実刑10月 |
| 1か月超・完治見込み | 15件(12/3) | 猶予1年6月〜3年・実刑2年〜3年 |
| 回復の見込みのない後遺障害 | 10件(3/7) | 猶予2年6月〜3年・実刑1年6月〜5年 |

執行猶予となった事案の刑期は、区分が重くなるほど長くなっています。中央値は、2週間以内が1年4月、1か月以内が1年6月、1か月超が2年台、回復の見込みのない後遺障害が3年です。他方、実刑となるかどうかは区分だけでは決まっておらず、2週間以内でも2件が実刑となり、1か月を超える15件のうち12件には執行猶予が付いています。
1 全治2週間以内
治療期間が2週間以内でも実刑となった事案があり、その2件はいずれも前科または犯行後の弁解に理由がありました。
この区分の12件は、執行猶予10件と実刑2件に分かれます。執行猶予10件の刑期は懲役1年から3年で、中央値は1年4月です。上限の3年となった1件は、8名を負傷させた事案でした。実刑2件は懲役1年4月と1年8月です。
執行猶予となった事案には、面識のない相手とのトラブル型があります。未払い代金をめぐる争いから相手の首を絞め、頸椎捻挫で安静加療2週間のけがを負わせました。示談は成立せず、前科はなく、取引先を失っています。判決は懲役1年・執行猶予3年でした。
実刑2件のうち1件は、交際相手の腹部を刺身包丁で1回刺し、入院8日のけがを負わせたものです。被告人は刺していないと主張して否認しました。懲役の前科はありません。求刑3年に対し、懲役1年8月の実刑です。
もう1件の実刑は、窃盗罪の執行猶予を取り消されて服役した後の再犯でした。実子を木製ハンマーの柄で殴打し、全治12日のけがを負わせています。犯行は認めており、求刑1年6月に対し懲役1年4月の実刑です。
判決文を読むかぎり、治療期間が短い事案でも、凶器を身体の枢要部に用いたことと犯行後の弁解が結論に影響を与えています。前科の有無・内容も影響を与えています。
この区分12件の場面は、親から子(実子・養子・一時保護中の子。以下同じ)5件、面識のない相手2件、交際相手2件、職場2件、知人1件です(複数の関係が重なる1件を含みます)。交際相手を駅のホームから線路に突き落とし、上がろうとする手を蹴った事案(加療2週間)は、自首・示談成立・宥恕により懲役1年6月・執行猶予3年でした。態様の危険性だけでは結論が決まっていない例です。
2 全治1か月以内
治療期間が1か月以内の8件は、執行猶予7件・実刑1件でした。
執行猶予7件の刑期は懲役1年から2年6月で、中央値は1年6月です。実刑1件は懲役10月でした。
あおり運転をめぐるトラブルから、面識のない相手を車から引きずり出して殴り、鼻骨骨折など全治1か月のけがを負わせた事案があります。器物損壊と暴行の罰金前科2件がありました。判決は犯行態様が非常に悪質であること、粗暴的な傾向を挙げたうえで、示談の成立と反省、近時の前科が罰金にとどまることから「今回に限り」執行猶予としています。求刑どおり懲役1年6月・執行猶予3年でした。
駐車場での交通トラブルから、面識のない2名に自動車を使った暴行を加え、加療1か月の骨折と3週間の打撲を負わせた事案もあります。前科はなく、1名とは10万円で示談し、もう1名には自賠責による賠償の見込みがありました。判決は命に関わるけがを負わせかねない危険を指摘しつつ、求刑懲役2年に対し懲役1年2月・執行猶予3年としています。
配偶者への暴行では、妊娠中の妻の背部を液体入りのペットボトルで複数回殴打し、全治約1か月のけがを負わせた事案があります。日常的な暴言も認定されました。前科はなく、離婚慰謝料の支払、謝罪文、父親による監督の誓約があり、懲役1年・執行猶予3年です。
この区分で唯一の実刑は、当時の妻の連れ子(5歳)に高温のシャワーをかけ、顔面に2度の熱傷を負わせて入院3週間となった事案です。確定前の余罪がありました。求刑懲役1年に対し、懲役10月の実刑です。
全治3週間のけがは、この区分に入ります。8件のうち7件は執行猶予でした。
場面の内訳は、面識のない相手とのトラブル3件、配偶者1件、交際相手1件、職場2件、親から子1件です。面識のない相手とのトラブル型の比率は、4つの区分の中で高いほうです。
3 1か月超・完治見込み
治療期間が1か月を超えても完治が見込まれる15件は、執行猶予12件・実刑3件で、2週間以内の区分と比率は大きく変わりません。
この区分には、骨折、臓器の損傷、指先の切断、歯冠の破折が含まれます。執行猶予12件の刑期は懲役1年6月から3年で、中央にあたる2件は2年と2年4月です。実刑3件は懲役2年から3年でした。
職場で制止に入った元店長の指に噛みつき、指先を切断させた事案(加療3か月)があります。被告人には同種の罰金前科があり、正当防衛を主張して否認しましたが有罪となりました。判決は懲役2年・執行猶予3年です。
同居する交際相手の11歳の子の腹部を踏みつけ、十二指腸損傷(全治2か月)を負わせた事案では、示談は成立していないものの、両親の協力で金銭を用意していました。判決は懲役3年・執行猶予5年です。
実刑となった3件は、保護責任者遺棄罪の執行猶予の期間中に3歳児へ熱傷を負わせた事案、乳児に毒物を混入した事案、施設の入所者2名に硬膜下血腫などを負わせた事案です。
45件から分かるのは、重い結果が生じ、被告人が否認していても、前科が罰金にとどまる事案では執行猶予が付いている、ということです。
15件の場面を数えると、親から子4件、職場3件、知人3件、親族2件、交際相手の子2件、面識のない相手1件です。職場での加害と交際相手の子への加害が、あわせて5件含まれます。
なお、身体の一部が事実上失われた事案も、判決文に後遺症の残存の記載がなければ、この区分に分類しています。指先の切断と歯冠の破折がその例です。分類は判決文の記載に従っており、実際の回復の程度とは一致しないことがあります。
4 回復の見込みのない後遺障害
判決文が回復の見込みのない後遺障害を認定した10件は実刑7件で、45件全体の実刑29%に対し70%でした。
この10件は、回復が不能であること、回復の見込みがないこと、後遺症が残存する見込みであることを判決文が明示した事案です。執行猶予3件の刑期は懲役2年6月から3年で、3件とも猶予期間は上限の5年でした。実刑7件は懲役1年6月から5年、中央値は3年です。
実刑7件のうち1件は、同居する交際相手の2歳児に、咬みつきと肘関節の逆曲げを繰り返し、全治2か月のけがと後遺症の残る見込みを生じさせたものです。被告人側は一部弁償として100万円を預託していました。求刑2年6月に対し、懲役1年6月の実刑です。
執行猶予3件のうち1件は、生後2か月の実子の頭部を打ち付け、視野狭窄と四肢の麻痺の後遺症が残る見込みを生じさせたものです。犯行を認めており、前科はありません。求刑どおり懲役3年に、猶予5年が付きました。判決は「原則的には懲役刑の実刑を選択するのが相当な事案ではあるものの、他の情状事実次第では執行猶予を付すことが社会的に許され得る事案」と述べています。
この区分の実刑7件は、実刑13件の過半数(53.8%)を占めます。
執行猶予が付いた3件を見ると、後遺障害が残れば必ず実刑になるわけではなく、被害者側の宥恕が結論に影響を与えていることが分かります。反対に、被害者が幼児で暴行が反復している事案では、一部弁償があっても実刑となりました。
10件の場面は、親から子5件、職場2件、配偶者2件、交際相手の子1件です。親から子と交際相手の子への加害が、10件のうち6件を占めます。
第4 量刑を分ける事情
45件では、前科の重さ、示談の段階、犯行後の弁解、被害者との関係が、被害結果と重なって結論に影響を与えていることが分かります。
1 前科の有無・内容
拘禁刑の前科と罰金前科では、量刑上の重みが同じではありません。
懲役の前科がある、執行猶予の期間中に別の罪を犯した、確定前の余罪がある、または累犯加重にあたる事案は3件あり、いずれも実刑でした。これに対し、同種の罰金前科だけの2件は、どちらも執行猶予です。後者には、職場で元店長の指先を切断させた事案が含まれます。
| 前科の記載 | 執行猶予 | 実刑 |
|---|---|---|
| 懲役の前科・執行猶予中・確定前の余罪・累犯加重 | 0件 | 3件 |
| 同種の罰金前科のみ | 2件 | 0件 |
| 判決文に記載なし | 30件 | 10件 |
(45件・執行猶予32件と実刑13件の内訳。当事務所の算出)
前科の記載がない事件でも、実刑が10件あります。その理由は、回復の見込みのない後遺障害、行為の態様、全面否認でした。もっとも、前科の記載は判決文が明示した場合にしか分からず、記載がないことをもって前科なしと確定することはできません。
前科が量刑を重くする理由は、前科による警告にもかかわらず罪を犯したことに着目して説明されるのが通説的とされています。
万引き事件の量刑研究では、前科は量刑の考慮要素の中で比重が大きい因子とされ、犯罪歴のレベルと宣告刑を組み合わせて整理されています。傷害の45件は件数が少ないため、上の表のとおり区分ごとの件数で示しました。
暴力の常習性が認められる場合は別の罪になり、罰金の選択肢がなくなります。暴力行為等処罰ニ関スル法律1条ノ3のうち、常習傷害の法定刑は1年以上15年以下です。常習性の認定の基礎資料は、前科と前歴です。
前科の意味と扱いは、前科の扱いで扱っています。
2 示談の段階
示談は全部成立・一部弁償・不成立の3段階で扱われ、45件では全部成立の8件がすべて執行猶予でした。
一部の弁償にとどまった8件は、執行猶予7件・実刑1件です。実刑の1件は、2歳児への反復した暴行で、100万円を預託しても実刑となりました。示談が成立しなかった事件でも執行猶予が付いた例が2件あり、いずれも面識のない相手とのトラブル型で、前科がなく、社会的な制裁を受けていました。
なお、45件のうち23件は判決文に示談の記載がありません。記載がないことは、示談がなかったことを意味しません。
性犯罪の裁判例を統計的に分析した研究では、示談は全部成立・一部成立・未成立の3段階で扱われ、執行猶予の方向に働く因子として抽出されているのは全部成立だけです。
示談が量刑で考慮される理由は、違法性の事後的な減少と要罰性の低減に求められます。これは財産犯についての論述です。損害賠償は、その時期と金額に応じて、非を認める客観的な行動として考慮しうるとされています。
同じ文献は、この考え方が非財産的な被害にも程度の差はあれ当てはまるとして、性被害と死亡被害を検討していますが、身体の傷害は扱っていません。
身体の傷害も治療費と慰謝料で部分的に填補できるため、当事務所はこの理解が傷害罪の示談にも当てはまると考えています。傷害への当てはめは当事務所による敷衍です。
金額の水準の参考として、後遺障害7級が残った民事の裁判例で、後遺障害慰謝料550万円を含む2,008万円の賠償を認めたものがあります。刑事事件の示談金がこの金額になるという意味ではありません。
金額の考え方と書面の作り方は、傷害事件の示談金の相場と示談書の書き方で扱っています。
3 行為態様
凶器を用いたかどうか、それ自体では結論が分かれていません。
凶器を用いた13件は、執行猶予9件・実刑4件です。素手による30件は、執行猶予23件・実刑7件でした。このほか、毒物を用いた事案が2件、熱湯などを用いた事案が2件あります。分類の合計は45件と厳密には一致しません。
実刑となった凶器事件を見ると、犯行後に責任を転嫁する弁解を続けたことが判決に現れています。凶器の有無だけでなく、弁解の内容も結論に影響を与えています。
保護観察が付いた執行猶予は3件で、いずれも凶器や毒物を用いた事案でした。暴行の反復性は、一部弁償があっても実刑となった事案に現れています。
4 関係性
分析対象裁判例(除外した3件を含む48件)では、被害者を保護すべき立場にある人による加害が約半数を占めます。
関係の内訳は、次のとおりです。実子・養子・一時保護中の子が12件、職場(介護職員から入所者へ、教員から児童へ、飲食店の従業員から店長へなど)が10件、面識なしが8件、交際相手や内縁の子が7件。配偶者が3件、知人が3件、親族が2件、継親が1件です。このほかに、複数の関係にまたがる1件と、関係が判決文から分からない1件があり、合計48件となります。
被害者を保護すべき立場からの加害として数えたのは、実子・養子・一時保護中の子12件、職場10件、継親1件をあわせた23件です。ただし職場の10件には、介護職員から入所者への加害のように保護する立場にあるものと、第3の3で紹介した従業員から元店長への加害のように、そうでないものが混ざっています。
この比率は、判例データベースが社会的な注目度の高い事案を収録する性質によるもので、傷害事件全体の関係の分布ではありません。
面識のない相手とのトラブル型8件と知人間3件では、執行猶予となる割合がやや高い傾向でした。保護すべき立場からの加害では、被害者が幼児であることと暴行の反復性が、実刑の側に現れています。
第5 執行猶予と実刑の分かれ目
分析対象裁判例で実刑となった13件は、回復の見込みのない後遺障害、重い前科、計画性や執拗さと全面否認、危険な凶器の使用と反省の欠如という4つの系統のどれかに当たっていました。
次に掲げる者が三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。
一 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者
二 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者
(刑法25条1項)
執行猶予が付くのは、次の3つを満たすときです。
① 宣告される刑が3年以下の拘禁刑であること(条文上は50万円以下の罰金も対象です)。
② 前科についての要件(刑法25条1項1号または2号)を満たすこと。
③ 情状により、裁判所が猶予を相当と判断すること。
初犯の方は同項1号の要件を満たします。同項2号は、前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の執行を終わり、またはその執行の免除を受けた日から5年以内に拘禁刑以上の刑に処せられていない場合です(執行の免除は恩赦などによるもので、執行猶予の期間が経過した場合とは別です)。猶予の期間は1年以上5年以下で、判決が定めます。
条文上は50万円以下の罰金にも執行猶予を付けられますが、実務上、罰金刑に執行猶予が付されることはありません。
3つ目の要件である「情状により」の中身は、条文に書かれていません。犯情と一般情状の両方が、ここで評価されます。
実刑13件の系統は、回復の見込みのない後遺障害が7件、重い前科が3件、計画性や執拗さと全面否認が2件、危険な凶器の使用と反省の欠如が1件です(重複を含みます)。13件のすべてに共通する単一の事情は確認できませんでした。

執行猶予が付いた32件のうち、宣告刑が上限の3年に達した4件では、いずれも被害者側の宥恕、示談の成立、弁償の申入れが判決で評価されています。
態様が危険でも執行猶予となった境界の事案として、交際相手を駅のホームから線路に突き落とした事案があります。加療は2週間で、自首・示談成立・宥恕により懲役1年6月・執行猶予3年でした。反対の側の境界の事案は、回復の見込みのない後遺障害と一部弁償100万円が併存しながら実刑となった、2歳児への反復した暴行の事案です。
刑期の長さと実刑・執行猶予は相関しますが、刑期だけでは決まりません。執行猶予群には上限の3年が4件あり、実刑群には1年4月から1年10月が4件あります。司法統計でも、3年以下の区分に執行猶予1,220人の全部と実刑546人が含まれ、3年を超える実刑は111人です。
宣告刑は求刑の平均86〜87%でした(37件・当事務所の算出)。執行猶予が付く事件では、求刑どおりの刑期に猶予が付く例が多く見られました。
4つの系統は相関していた事情であって、そろえば結論が決まる条件ではありません。刑の量定は裁判所にゆだねられています。
制度の全体像は、執行猶予の制度で扱っています。
第6 弁護人の対応
起訴される前の段階では、示談の交渉と、犯情に関する事実関係の整理に時間を充てます。
示談の交渉は、次の順で進めます。
① 検察官を通じて、被害者の連絡先の開示を求めます。
② 開示を受けたら、被害者の意向を確認したうえで条件の協議に入ります。
※被害者が直接の接触を望まない場合は、弁護人限りの連絡という形をとります。
示談書に記載する事項は、支払う金額と支払の時期です。これに加えて、被害者が処罰を望まない意思(宥恕)を記載するかどうかを検討します。
示談がまとまらない場合は、被害弁償の申出を行います。申出の内容と、相手の対応の経過は、記録に残します。
起訴される前は、弁護人が捜査記録を見ることはできません。けがの部位と治療期間、暴行の回数、けんかに至った経緯は、本人の説明と、示談交渉の中で被害者側から得られる情報をもとに整理します。診断書、実況見分の結果、防犯カメラの映像、目撃者の供述といった記録を確認できるのは、起訴後に検察官が請求する証拠の開示を受けてからです。いずれも犯情にあたり、刑の大枠に対応します。
後遺障害については、「残る見込み」なのか「確定した後遺障害」なのかを、証拠の開示後に診断書の文言で確認します。45件では、この認定の有無で実刑の比率が2倍を超えていました。
再犯を防ぐ環境は、資料の形にします。飲酒の中止と通院の記録、配置転換や退職の事実、居所を分ける措置が、その例です。情状証人には、監督の内容を具体的に述べられる人を選びます。
提出の時期は、一審の判決期日から逆算して決めます。起訴される前は、選べる手段が若干多いです。ただし、弁護人の活動が結果を決めるものではありません。
第7 よくある質問
1 罰金で終わることはあるか
あります。刑法204条には50万円以下の罰金の選択刑があり、令和6年に起訴された5,701人のうち3,615人は罰金を求める略式命令請求でした。次に述べる罰金額の分布は、これとは集計の基準が異なります。通常の裁判で罰金となった356人(傷害致死を含まない集計)でみると、20万円以上50万円未満が211人で6割弱を占め、10万円未満は15人です(『令和7年版犯罪白書』2-3-3-4表・司法統計年報による)。罰金を納めない場合は、労役場に留置されます(刑法18条1項)。
2 相手が示談に応じないとき
示談が成立しないまま判決を受け、執行猶予が付いた事件があります。分析対象裁判例では、一部の弁償にとどまった8件のうち7件に執行猶予が付き、示談が成立しなかった事件でも執行猶予が2件ありました。弁護人は、被害弁償の申出と、その経過の記録を残す対応をとります。段階ごとの件数は第4の2、弁護人の活動は第6で扱っています。
3 全治何日で刑が決まるか
治療期間の日数と刑は相関しますが、日数だけでは決まりません。2週間以内でも実刑が2件あり、1か月を超えて完治が見込まれる区分でも執行猶予が12件あります。なお、治療期間が1か月ちょうどの事案は区分の境界にあり、判断が分かれます。区分ごとの内訳は第3で扱っています。
4 前科がなければ執行猶予は付くか
刑法25条1項1号の要件は満たしますが、「情状により」の判断が残ります。45件では、前科の記載がない事件でも実刑が10件ありました。前科の重みの違いは第4の1で扱っています。
5 相手も手を出していた場合
正当防衛が成り立つかどうかは、犯罪の成否の問題です。量刑では、けんかに至った経緯が犯情として評価されます。45件には、正当防衛の主張が退けられたうえで執行猶予が付いた事件があります。
罪の成否そのものは暴行罪・傷害罪の解説、手続の流れは略式起訴で扱っています。
参考文献
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- 竹川俊也「『万引き』と責任非難・量刑」『高橋則夫先生古稀祝賀論文集(下)』成文堂、2022年、70-71頁
- 柴田守「変数増減法を用いた性犯罪の執行猶予の選択基準に関する量刑予測モデル」『地域論叢』第36号、2021年、58頁
法令・データベース
- 暴力行為等処罰ニ関スル法律
- D1-Law.com判例体系