傷害罪の示談金に、決まった相場表はありません。治療費や休業損害という実際にかかった損害に、怪我の程度に応じた慰謝料を加え、事案ごとに金額を組み立てます。裁判で認定された賠償額の実例はありますが、それは示談金の相場そのものではなく、示談金さえ払えば不起訴になるという関係でもありません。この記事は、傷害罪の示談金が何から組み立てられるのか、実際の裁判ではいくら認められたのか、弁護士はこの金額をどう設計するのかを、順に説明します。
第1 傷害の示談金に、相場はあるのか
傷害の示談金は、治療費や休業損害という実際にかかった損害に、怪我の程度に応じた慰謝料を加えて、事案ごとに組み立てます。「傷害ならいくら」という決まった相場表があるわけではありません。 金額の見当をつけるには、相場表を探すのではなく、その事件で被害者にどれだけの損害が生じたかを、一つずつ確かめることになります。
決まった相場がない理由は、傷害罪の法定刑にあらわれています。
人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。 (刑法204条)
傷害罪には、拘禁刑と罰金の両方が定められています。ただし、この罰金は国に納める刑罰であって、被害者に支払うお金ではありません。被害者への償いは、これとは別に、民事上の損害賠償として問題になります。示談金は、この民事上の損害賠償を、裁判によらず当事者の合意で解決するものです。
刑事弁護の実務でも、傷害事件で「相場はいくらか」と問われたとき、金額を明言するのは難しいとされています。
ある解説は、全治4週間の肋骨骨折を負わせた事案で、加害者側の家族が「10万円しか出さない」と主張した例を挙げています。しかし、その怪我の程度からみて、10万円で十分とは言い切れないと指摘しています。金額は、怪我の重さに見合っているかどうかで測るものであって、はじめから決まった数字があるわけではないのです。
慰謝料を見積もるとき、交通事故の賠償実務で使われる基準(いわゆる赤い本の入通院慰謝料)を、一つの目安として参考にする考え方もあります。ただし、これは交通事故の民事賠償のために作られた基準です。傷害事件の示談金には、これに対応する法律上の基準があるわけではありません。
なお、この記事は、被害者が怪我をした「傷害罪」を対象にしています。怪我に至らなかった場合は、より罰則の軽い暴行罪(刑法208条)の問題になります。暴行罪と傷害罪の違いや、示談という制度そのものの説明は、別の記事をご参照ください。
第2 示談金には、何が含まれるのか
示談金に含めて考える中心は、治療費・休業損害・慰謝料の3つです。いずれも、民法が損害賠償として認めている損害にあたります。傷害事件の示談は、加害行為によって被害者に生じたこれらの損害を、当事者の合意で償うものだからです。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。 (民法709条)
人を傷つけた場合、加害者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負います。治療費や、怪我で働けなかった間の減収(休業損害)は、金額として計算できる財産的な損害であり、この条文から導かれます。
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。 (民法710条)
賠償の対象は、金額で計算できる損害だけではありません。民法710条は、「身体」を侵害した場合に、財産以外の損害も賠償しなければならないと定めています。怪我による痛みや精神的な苦痛への償いが、慰謝料です。傷害の示談金は、財産的な損害(治療費・休業損害)と、非財産的な損害(慰謝料)とが組み合わさっていることになります。
まず、治療費です。怪我の治療に実際にかかった費用で、診断書や領収書で実額を確かめます。傷害とは、人の生理機能に障害を与えること、または健康状態を不良に変更することをいうと解されています。診断書の「全治○日」という記載は、怪我の程度を示す手がかりになります。
次に、休業損害です。怪我のために仕事を休まざるをえず、その間の収入が減った場合、その減収分が損害になります。入院や通院に要した期間が、計算の基礎になります。
そして、慰謝料です。怪我による肉体的・精神的な苦痛への償いで、怪我の重さや、入院・通院にかかった期間の長さに応じて金額が変わります。骨折のように治療に時間のかかる怪我ほど、慰謝料は大きくなる傾向があります。
これらの損害は、金銭で償うのが原則です(民法722条1項・417条)。示談金には、このほか、怪我の際に壊れた衣服などの物的損害が含まれることもあります。なお、眼鏡や補聴器のように身体の機能を代行するものの損害は、賠償実務では人身損害として扱われています。どの項目がいくらになるかは、事件ごとに積み上げて計算するものであり、あらかじめ決まった総額があるわけではありません。
第3 実際の事例では、いくらだったのか
傷害事件について公表されている数字には、大きく2種類あります。刑事裁判でどのくらいの刑が言い渡されているかという統計と、民事裁判で損害賠償額がいくら認められたかという裁判例です。どちらも参考にはなりますが、そのまま示談金の相場として読むことはできません。 示談金とは、決まり方そのものが違うからです。
傷害事件をめぐるお金には、性質の違う3つがあります。刑罰である罰金は、国に納めるもので、裁判所が言い渡します。損害賠償額は、被害者が受けた損害として、民事裁判で裁判所が認定します。示談金は、加害者と被害者が話し合いで決め、合意した金額です。支払う相手も、決める人も違うため、一つの相場表にまとめられるものではありません。
一つは、刑事処分の統計です。令和7年版の犯罪白書によると、令和6年に地方裁判所の正式な公判で傷害罪の判決を受けた人は、2千人あまりでした。このうち半数を超える人に刑の全部の執行猶予が付き、実刑となった人は3割ほどです。
ただし、これは正式な裁判になった、相対的に重い部類の事案の分布です。傷害罪には罰金も定められており、より軽い事案の多くは、正式な裁判を経ない略式手続などで処理されて、この統計には表れません。刑事処分の統計は、傷害罪全体の姿でも、示談金の金額でもないのです。
もう一つは、民事裁判で認定された損害賠償額の実例です。以下の金額は、いずれも裁判所が認定した損害賠償額であって、示談金の相場ではありません。 示談は、裁判に至る前の合意です。被害者側が譲歩して認容額より低い金額でまとまることもあれば、早期解決の対価として上乗せされることもあります。認定された賠償額と一律の関係にはありません。
| 事案 | 怪我の程度 | 認定された損害賠償額 |
|---|---|---|
| 東京地判令和6年12月12日 | 鼻骨骨折(入院12日・通院29日) | 約153万9,458円 |
| 東京地判令和4年11月28日 | 前頭骨骨折・顔面神経麻痺(後遺障害7級) | 約2,008万円 |
鼻骨骨折で入院12日・通院29日を要した事案では、診療費・休業損害・入通院慰謝料などを合わせて約153万9,458円が認められました。このうち入通院慰謝料は60万円です。
原告の入院期間が12日間及び通院期間が29日間(令和5年2月9日~同年3月9日)であること(前記(1)ア)に加え、その傷病が被告の故意による本件暴行の結果であること、また、被告が暴行の事実を否認し続け、謝罪等の慰謝の措置を講じた形跡もないことも考慮すると、慰謝料額は60万円と認めるのが相当である。 (東京地判令和6年12月12日)
加害者が暴行を否認し続け、謝罪もしなかったことが、慰謝料の金額を左右したことがうかがえます。認めて償う姿勢をとるかどうかは、金額にも関わってくるということです。
後遺障害が残った重い事案では、金額はさらに大きくなります。顔面を殴打されて路上に転倒し、顔の骨折や神経の麻痺といった後遺障害(併合7級)が残った事案がありました。この事案では、逸失利益や後遺障害慰謝料を含めて約2,008万円の損害賠償が認められています。将来の収入の減少(逸失利益)が、金額の大部分を占めています。
これらの実例からわかるのは、傷害の被害額が、鼻骨骨折で百数十万円、後遺障害が残れば二千万円台と、怪我の程度によって大きく開くということです。裏を返せば、「傷害だからいくら」という一つの相場は、ここからも導けません。示談金は、これらの金額を出発点にするのではなく、その事件で実際に生じた損害を積み上げて考えるものです。
第4 示談金を払えば、不起訴になるのか
起訴するか、不起訴にするかを決めるのは、検察官です。示談は、その判断で考慮される有力な事情の一つですが、示談さえ成立すれば不起訴になる、という自動的な関係にあるわけではありません。
示談が処分に有利に働きうる理由は、量刑の考え方からも説明できます。損害賠償によって被害が実質的に回復されれば、処罰の対象として残る被害の事実が小さくなる、という理解です。その根底には、被害者の保護のために望ましい行動を加害者に促す、という政策的な狙いもあるとされています。
こうした評価は、対応の時期や金額の程度によっても変わります。犯行後の早い段階で、非を認めて償う姿勢を具体的な行動で示したと評価される場合には、処罰の必要性がその分弱まると考えられています。
傷害の示談金は、この点で二つの性質をあわせ持っています。治療費や休業損害という財産的な損害の部分は、金銭で被害が実際に回復されるため、被害回復という評価に素直になじみます。一方、慰謝料という非財産的な損害の部分は、被害者がそれを慰謝の措置として受け入れてはじめて、被害回復としての意味を持つとされています。
示談が最後までまとまらない場合でも、用意した金銭を被害弁償の一部として受け取ってもらえれば、それが処分で考慮されることもあります。示談は、成立するか否かの二者択一ではないのです。
もっとも、これらはいずれも、処分を決める検察官が考慮しうる事情にとどまります。最終的に起訴するかどうかは、被害の重さや前科の有無なども含めて、検察官の判断にゆだねられます。 不起訴の仕組みそのものは、別の記事で説明しています。
第5 弁護士は、示談金について何をするのか
弁護人は、診断書と治療費の実額を確かめたうえで、被害の程度に見合った金額を組み立て、被害者側との協議を進めます。金額は、依頼者やその家族が用意できる範囲とも関わるため、交渉に入る前の準備が要になります。
弁護人が示談金について行うことは、主に3つです。
⑴ 交渉に入る前に、依頼者やその家族と「いくらまで用意できるか」を打ち合わせます。
⑵ 診断書や領収書で、治療費・休業損害の実額と、怪我の程度を確かめます。
⑶ その被害の程度に見合った金額を組み立て、被害者側に提示して、協議します。
このとき、決まった相場を示せるわけではないため、過去の事案などを参考に、被害の程度からみて妥当と考えられる金額の見当を、依頼者に伝えることになります。
示談金は、不起訴という結果を買うための対価ではありません。加害によって生じた被害を、加害者が自らの責任として能動的に償う、その履行の形です。
修復的司法の考え方では、加害行為が同じでも、その後の対応によって加害者の責任のとらえ方は違ってくる、と説明されます。同じ罪を犯した2人のうち、一方は謝罪して被害者に癒しをもたらし、他方はそれをしなかったとします。両者は、生じさせた原因の点では同じでも、その後の対応の点で異なるのです。
先にみた鼻骨骨折の裁判例で、否認を続けた加害者の慰謝料が手厚く認定されたことは、この対応の違いが金額に表れた一例です。争って支払いを引き延ばすか、早い段階で認めて償うか。 その選択は、示談金の額にも、処分の見通しにも関わってきます。
なお、示談では、金額に加えて、被害者が加害者を許す意向(宥恕)を示談書に盛り込むかどうかも論点になります。示談書の条項の具体的な書き方は、別の記事で解説しています。
第6 よくある質問
被害者にも落ち度があったとき、示談金は減額されますか
民事裁判では、被害者の側にも落ち度(過失)があれば、その分を考慮して賠償額が減らされることがあります(過失相殺)。もっとも、示談は当事者の合意なので、減額するかどうかも交渉の中で話し合うことになります。 どのような事情をどこまで考慮するかは事案によって分かれ、一律に決まるものではありません。
被害者が示談金の受け取りを拒否している場合はどうなりますか
示談は被害者の合意があってはじめて成立するため、受け取りを拒まれている状態では、示談は成立しません。 被害者の意向にかかわらず金銭を一方的に供託しても、示談と同じようには評価されにくいとされています。弁護人は、被害者の心情に配慮しながら、受け取ってもらえる形を探ることになります。
示談金は「治療費」「慰謝料」と項目に分けて示談書に記載するのですか
金額の組み立て方と、示談書への書き方は、別の問題です。金額を考えるうえでは治療費・休業損害・慰謝料と分けて積み上げますが、示談書では「示談金として」「解決金として」と一括りに記載するのが実務では通常です。項目ごとに書き分けなければならないわけではありません。
被害者が健康保険を使って治療を受けている場合、示談金について注意することはありますか
加害者は、示談金を支払っても、それとは別に、保険者から治療費の7割にあたる部分を請求されること(求償)があります。 健康保険を使うと、被害者が窓口で支払うのは原則3割で、残りの7割は健康保険組合や協会けんぽといった保険者が負担しているからです。保険者は、給付の事由が第三者の行為によって生じたときは、この7割の部分を限度に、被害者が加害者に対して持つ損害賠償請求権を取得します(健康保険法57条1項)。
被害者の側には、加害者の氏名や住所を書いた届書を保険者へ提出する義務があるため(健康保険法施行規則65条)、示談をしたことは保険者に伝わる前提で考えます。弁護人は、示談金を治療費の自己負担分と休業損害・慰謝料で組み立てたうえで、保険者が取得した請求権の行使を妨げない旨を示談書の清算条項に添えます。実際に請求が来るかどうか、それがいつになるかは、保険者や事案によって異なります。
第7 本記事の前提と更新
本記事は2026年7月時点の法令・運用に基づきます。判例・法改正に応じて随時更新します。
傷害事件の示談やご相談は、当事務所でも受けています。相談の方法と費用は、費用のご案内をご覧ください。
参考文献
- 岩本憲武・坂根真也「刑事弁護クリニック(第1回)示談交渉」季刊刑事弁護86号(現代人文社・2016年)129-134頁
- 『情状弁護アドバンスver.2』季刊刑事弁護増刊(現代人文社・2026年)132-133頁
- 東京地方裁判所令和6年12月12日判決(TKC文献番号25623932)
- 東京地方裁判所令和4年11月28日判決(TKC文献番号25609469)
- 小池信太郎「量刑における行為責任主義と量刑事情の位置付け」司法研修所論集135号(2025年)1-44頁
- 令和7年版犯罪白書(法務省法務総合研究所・2025年)
- 河原俊也「傷害編」『現場警察幹部のための判例・裁判例の実務的検討〜傷害編〜』(立花書房・2025年)