刑事事件の示談書は、①当事者と対象事件の特定、②示談金額と支払方法、③清算条項の3項目が土台になります。そのうえで、処罰に関する被害者の意思や接触禁止といった刑事事件に固有の条項を加えて作ります。書き漏らしがあると、支払いを終えたのに紛争が蒸し返されたり、示談の成立が処分の判断で十分に評価されなかったりします。この記事は、各条項に何をどう書くか、弁護士が実務で確認している要点を順に説明するものです。
第1 示談書は何のために作るのか
示談書は、被害者と加害者側が合意した内容を、後から確かめられる形で残す書面です。口頭の約束でも合意は成立します。しかし時間がたつと、支払いの条件や約束の範囲をめぐって「言った・言わない」の争いになりかねません。実務の文献でも、示談は当事者どうしの合意による民事上の解決(私法上の和解)と位置づけられており、その内容を書面で明確にしておくことが出発点になります。
刑事事件の示談書は、民事と刑事の二つの場面で働きます。
民事の場面では、損害賠償をめぐる争いを終わらせる働きをします。示談がないまま刑事裁判が終わった事案で、被害者が後から民事訴訟を起こし、裁判所が慰謝料の支払いを命じた例があります(東京地判令和元年11月21日)。清算条項まで備えた示談書は、こうした後日の紛争を残さないために作ります。
刑事の場面では、検察官や裁判所に示談の成立を示す証拠になります。そのため刑事事件の示談書には、示談書を検察官・裁判所へ提出することに異議がない旨の条項を入れておきます。この条項は民事だけの示談書には通常なく、刑事事件の示談書に固有のものです。
示談そのものの役割や処分との関係は示談とは何かで説明しています。本記事はその各論として、書面に何を書くかに絞ります。
第2 示談書に必ず書く事項は何か
どの示談書にも欠かせないのは、①当事者と事件の特定、②示談金額と支払方法、③清算条項の3項目です。実務の文献も、示談書を平易な言葉で書くよう求めています。そのうえで最低限明確にすべきなのは、「どの事件について、いつ、いくらの被害弁償金が支払われ、それ以外に当事者間に債権債務がないこと」です(季刊刑事弁護86号129頁以下)。
1 当事者と事件の特定
誰と誰が、どの出来事について合意したのかを冒頭で特定します。事件は、日時・場所・行為の内容で書き表します。ここの特定が甘いと、後述する清算条項がどの範囲まで及ぶのかもあいまいになり、書面全体の意味が揺らぎます。
2 示談金額と支払方法
金額とあわせて、名目を書きます。実務では「示談金として」「解決金として」と記載するのが通常で、冒頭で事件が特定され、清算条項がそろっていれば、どの支払いかが曖昧になることはありません。避けるべきなのは、口止め料と受け取られかねない書き方です。
支払方法は、支払期限・振込先・一括か分割かまで具体的に書きます。「いつ払われるのか」が読み取れない示談書は、履行をめぐる不安と紛争のもとになります。
3 清算条項
清算条項は、この示談書に定めるもののほかに当事者間に債権債務がないことを、相互に確認する条項です。民事の紛争を蒸し返さないための締めくくりであり、第1で述べた「民事の場面の働き」を実際に担う部分です。ただし、どこまで広く清算するかの設計には落とし穴があります。第5で具体的に説明します。
第3 「許す」「処罰を望まない」ことはどう書くのか
処罰に関する被害者の意思を書く条項は、被害者の実際の心情に沿った平易な言葉で書くのが実務の指針です。
示談書には、被害者が加害者を許す趣旨の一文(宥恕文言と呼ばれます)を入れることがあります。
「被疑者を宥恕する」という難解な言葉ではなく「被疑者を許す」、「被疑者が処罰されることは望まない」、「被疑者が社会の中で立ち直ることを希望する」などの平易かつ被害者の心情に沿う言葉を選んで文書を作成すべきである。 (季刊刑事弁護86号129頁以下)
前提として、宥恕文言は被害者の真意によるものでなければなりません。意に沿わない文言を無理に求めれば、示談書全体の信用性を損ないます。また、私法上の和解として示談自体が成立していれば、宥恕文言の有無で処分に大きな違いが生じない事案も少なくない、との指摘もあります。宥恕文言の意味と処分への影響の詳細は、別の記事で扱う予定です。
親告罪(被害者などの告訴がなければ起訴できない罪)で、被害者がすでに告訴している場合には、示談にあわせて告訴を取り消す旨の条項を入れることがあります。
告訴は、公訴の提起があるまでこれを取り消すことができる。 告訴の取消をした者は、更に告訴をすることができない。 (刑事訴訟法237条1項・2項)
【注意点】
- ① 告訴の取消しができるのは、起訴されるまでです。起訴された後に取り消すことはできません。
- ② いったん告訴を取り消すと、同じ事件について再び告訴することはできません。被害者側にとって後戻りのきかない判断であり、その重みを踏まえて条項の時期と書き方を設計します。
なお、親告罪の告訴そのものにも、犯人を知った日から6か月という期間の定めがあります(刑事訴訟法235条)。これは告訴できる期間の制限であり、取消しの時期的な限界(起訴まで)とは別の制度です。告訴もその取消しも、被害者本人だけでなく代理人を通じて行うことができます(同法240条)。
宥恕や告訴取消しをどう受けてもらうかは、事件の類型ごとに進め方が変わります。たとえば痴漢事案の実際は痴漢の示談交渉で説明しています。
第4 お金の支払いのほかに何を約束するのか
刑事事件の示談書には、接触禁止・謝罪・再発防止といった、お金以外の約束を書き入れることが多くあります。これらは付け足しの飾りではなく、金銭と並んで被害者に示せる選択肢(オプション)です。
修復的司法の文献は、責任には二つの面があると説明します。過去の行為に対する責任(受動責任)と、将来に向けて自分から引き受ける責任(能動責任)です。修復の場面で問われるのは、後者を自発的に果たすことだとされます。謝罪や再発防止の条項は、この「これから何をするか」という責任の引き受けを、書面の形にしたものと位置づけられます。
量刑理論の側にも、これを裏づける説明があります。犯行後に自分の非を認めるメッセージを真剣に発したと評価できる客観的な行動は、刑を決めるうえで相応に考慮できる、というものです(司法研修所論集135号)。示談書のこれらの条項は、その行動を残す器になります。
1 接触禁止条項
被害者に会わない・連絡しない・住居や勤務先に近づかない、という約束です。要点は、範囲を特定し、守り切れる内容で書くことです。接触禁止の定めがないと被害者の不安が解消されず、示談の維持自体が難しくなります。他方で、守りようがないほど広い制約を書くと、後日のささいな接触が違反となり、紛争を再燃させます。
2 謝罪・再発防止の条項
謝罪の意思と、再発防止のための具体的な取り組みを書きます。通院や講習の受講、生活環境の調整など、実行できる内容を具体的に挙げることが要点です。金銭の支払いだけの形式的な解決は、被害者の回復にも本人の立て直しにも結びつきにくく、処分や量刑の場面でも真摯さの評価が伸びにくいとされています。
第5 示談書は自分で作れるのか
示談書の作成に資格は要りません。本人が作った示談書も、合意の記録として有効です。それでも弁護士が関与するのは、行き違いの生まれやすい箇所が実務上決まっているからです。
1 行き違いが生まれやすい3箇所
⑴ 清算条項の範囲。「一切の債権債務がない」と例外を付けずに書き切ってよいかは、事案によります。けがの後遺障害がまだ確定していない段階で包括的に清算すると、後から重い障害が判明したときに深刻な紛争を招きます。後遺障害が問題になりうる事案では、その部分の扱いを別に定める設計を検討します。
⑵ 口外禁止条項の広さ。示談の内容を第三者に話さない条項はよく使われます。ただし例外を置かずに書くと、示談書を検察官・裁判所へ提出するという刑事固有の使い方(第1)と矛盾しかねません。弁護士や公的機関への相談まで縛らない形にするなど、例外の設計が必要です。
⑶ 支払方法の実現性。分割払いには、支払いが途中で止まる不安がつきまといます。期限に遅れた場合の扱いを定めたうえで、支払いが滞らないための手立てを条項の形に落とせるかを確認します。
2 弁護人は示談書の作成で何をするか
弁護人の仕事は、条項の文案づくりにとどまりません。文献では、被害者の心情に十分に配慮した常識的な対応こそが、円満に示談を進める前提だと強調されています。条項の設計は、被害者側の受け止めを確かめながら進めます。
当事務所では、締結の場面で示談書を一条ずつ読み合わせ、被害者側の納得を確かめてから署名に進める運び方をとっています。成立した示談書は、弁護人から検察官へ報告・提出します。書面が処分の判断者に届いてはじめて、条項を整えた意味が生まれます。
第6 示談書が整えば処分は決まるのか
決まりません。示談書は検察官・裁判所の判断材料の一つであり、書式が整っていることと処分の結論とは、別の問題です。
量刑理論の文献も、金銭の支払いに被害回復としての意味を持たせられるのは、被害者がそれを慰謝の措置として受け入れる限りにおいてだと説明します。たとえば受け取りを拒まれているのに一方的に供託しただけでは、同じ評価は受けません。形の整った書面であること以上に、被害者が現実に受け入れた合意であることが要になります。
また、示談が成立しても、それだけで直ちに身柄が解放されたり、不起訴が約束されたりする関係にはありません。文献でも、示談交渉を始める前に、この限界を本人と家族が理解しておくことの大切さが指摘されています。起訴・不起訴がどう分かれるかは起訴・不起訴の分岐で説明しています。最終的な処分は、検察官・裁判所の判断にゆだねられます。
第7 よくある質問
1 被害者と直接会って示談書を取り交わしてもよいですか
実務の文献では、被疑者と被害者が直接面談することは、無用なトラブルを防ぐために避けたほうが望ましいとされています。被害者自身が直接の謝罪を積極的に望んでおり、かつ冷静で誠実な謝罪ができると弁護人が判断できる場合に限って、直接の面談を試みることがあります。
2 示談金の分割払いはできますか
当事者が合意すれば可能です。ただ、分割払いには支払いが途中で止まる不安が残るため、実務では支払能力を見極めたうえで、遅れた場合の扱いまで条項に定めます。弁護人は、本人の支払いを保証する立場にはありません。履行の確実さという面では、一括で支払われた示談の方が評価されやすい傾向があります。
3 示談がまとまらなかった場合、用意したお金はどうなりますか
示談に至らなくても、用意した金銭を被害弁償金の一部として受け取ってもらう選択肢があります。文献では、示談交渉を始める際に、この選択肢の意味をあらかじめ本人と家族に説明し、了解を得ておくべきだとされています。被害弁償は、示談の成立とは別に、事実として残る償いの行動になります。
4 被害者が未成年のときは、誰と示談書を取り交わすのですか
未成年の被害者本人だけでなく、親権者などの法定代理人が関与します。法律上も、被害者の法定代理人は本人から独立して告訴できると定められています(刑事訴訟法231条1項)。示談書の当事者欄にも法定代理人の記名押印を設けます。誰の関与がどこまで必要かは事案ごとに異なり、個別の確認が要ります。
第8 本記事の前提と更新
本記事は2026年7月時点の法令・運用に基づきます。判例・法改正に応じて随時更新します。
刑事事件の示談・示談書に関するご相談は、当事務所でも受けています。相談の方法と費用は、費用のご案内をご覧ください。
参考文献
- 岩本憲武「刑事弁護クリニック(第1回)示談交渉」『季刊刑事弁護』86号(現代人文社、2016年)129〜134頁
- 小池信太郎「量刑における行為責任主義と量刑事情の位置付け」司法研修所論集135号(2025年)1〜44頁
- 高橋則夫『対話による犯罪解決―修復的司法の展開』(成文堂、2007年)
コメント