交通事故で弁護士に依頼すべきかは、気持ちではなく損益で判断できます。判断の材料は3つあります。弁護士が入ると増える金額(慰謝料や主婦の休業損害など)、逆に減りうる要素、そして弁護士費用です。減りうる要素とは、被害者の過失が大きい事案で自賠責基準の方が有利になる場合です。この3つを差し引いて手元に残る額が増えれば、依頼する価値があります。増えない事案が費用倒れであり、最後は事案ごとに見積もりを取って確かめます。
第1 弁護士に依頼すると増える金額
弁護士に依頼して増える金額の代表は、慰謝料と、主婦(家事従事者)の休業損害の2つです。理由は、弁護士が交渉に入ると、示談金の計算に使う基準が変わるからです。
慰謝料や休業損害には、大きく3つの計算基準があります。自賠責保険の基準、任意保険会社が独自に定める基準(金額は公表されていません)、そして裁判所が用いる裁判基準です。保険会社が最初に提示する額は、自賠責基準や任意保険基準の水準にとどまることが多くあります。
弁護士が入ると、交渉の土台が裁判基準に切り替わります。裁判基準は、赤い本や青本と呼ばれる本にまとめられています。法律のように裁判官を拘束するものではありませんが、この基準から大きく離れた額を認めるには、相応の理由が必要になります(最判平成10年12月18日)。
1 慰謝料
慰謝料は、けがによる精神的な苦痛への賠償です(民法710条)。同じけがでも、自賠責基準と裁判基準とでは水準が違い、裁判基準の方が高くなるのが通常です。
弁護士が入って裁判基準で交渉すれば、この差額が増える分になります。具体的な金額は、入院や通院の期間と程度によって決まります。
2 主婦(家事従事者)の休業損害
主婦の休業損害は、弁護士が入って裁判基準になると、日額が自賠責基準の約1.9倍になります。休業損害は、けがで働けなかった間の収入の減少への賠償です。給与を得ている人だけでなく、家事を担う人にも認められます。
家事労働も、金銭に換算できる財産的な利益だからです。最高裁も、家事に専念する妻について、女性労働者の平均賃金に相当する収益を挙げるものと推定するのが適当だとしています(最判昭和49年7月19日)。
ここでいう家事従事者は、性別や年齢を問わず、現に家族のために家事に従事する人を指します。専業の主婦や主夫に限られません。
自賠責基準では、家事従事者の休業損害は原則として1日6,100円です。収入が実際に減ったことの証明は要らず、家事ができなかった分の損害があるものとみなされます。これに対し裁判基準は、賃金センサスという国の統計にある女性の平均賃金を基礎にします。令和6年の統計では、女性・全年齢の平均賃金から計算した日額は約11,492円です(年収4,194,400円÷365日)。自賠責の原則6,100円の約1.9倍にあたります。
1日6,100円は原則の額です。立証資料によって6,100円を超えることが明らかな場合は、1日19,000円を限度に実額まで認められます(自賠法施行令3条の2)。賃金センサスは年ごとに更新され、どの年の統計を使うかは算定の時期によって変わります。
第2 逆に、弁護士が入ると減る場合もある
弁護士が入ると、かえって受け取る額が減る場合があります。被害者の過失が大きい事案です。第1で述べたとおり弁護士が入ると計算の土台は裁判基準に変わりますが、過失の扱いに限っては、自賠責基準の方が被害者に有利なことがあるからです。
自賠責基準では、被害者の過失が7割未満であれば、過失を理由とする減額はありません。7割以上になって初めて段階的に減ります。しかも傷害分の減額が始まるのは8割以上からで、その場合も2割にとどまります。これは「重大な過失による減額」と呼ばれる、被害者に有利な特別の扱いです。
裁判基準では、被害者の過失の扱いが自賠責基準と大きく違います。
2 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
(民法722条2項)
民法722条2項の過失相殺では、損害の総額に過失割合をそのまま掛けた額が差し引かれます。計算は、総損害額に過失割合を掛けて減額し、その後に既払金を差し引く順序で行います。
しかも過失相殺は、相手方が主張しなくても裁判所が自発的に考慮できます(最判昭和41年6月21日)。過失相殺でいう被害者の過失は、加害者の過失ほど厳格な概念ではなく、広く考慮されます(最判昭和39年6月24日)。弁護士が入っても、過失相殺そのものをなくすことはできません。
仮に、次のように考えてみます。話を分かりやすくするため、損害の総額を同じ100万円と仮定し、過失による減額の扱いだけを比べます。被害者の過失が6割の場合、自賠責基準では6割は7割未満なので減額がなく、100万円がそのまま支払われます。裁判基準では100万円から過失6割分が差し引かれ、100万円×(1−0.6)=40万円になります。この設例では、自賠責基準の方が60万円多くなります。
ただし、これは減額の仕組みだけを取り出した比較です。実際には、裁判基準の方が慰謝料や休業損害の単価が高く、損害の総額そのものが自賠責基準より大きくなります。どちらが最終的に多くなるかは過失の大きさと損害の中身しだいで、裁判基準が常に不利になるわけではありません。
なお、自賠責の傷害分は、治療費・休業損害・慰謝料を合わせて120万円が上限です(自賠法施行令2条)。仕組みは同じでも、死亡や後遺障害の事案とは桁が違います。被害者の過失が大きいときは、先に自賠責へ直接請求する方法もあります。
実務でも、被害者の過失が大きいケースでは、裁判基準で進めるより自賠責基準の方が受取額が多くなることがあります。この場合、弁護士に依頼することが受取額のプラスにつながらない場合があります。
第3 弁護士費用の仕組み
弁護士費用は、事務所ごとに体系が異なります。代表的なのは、依頼のときに支払う着手金と、結果に応じて支払う報酬金を組み合わせる型です。このほか、かかった時間で計算するタイムチャージ型や、増えた金額の一定割合だけを報酬とする成功報酬型もあります。
どの体系が向くかは、請求する金額の大きさや事案の難しさで変わります。物損だけの少額な事件はタイムチャージ型、増額の見込みが立つ人身の事件は着手金・報酬金型や成功報酬型、というように使い分けられます。
日弁連の規程は、弁護士の報酬を、経済的利益や事案の難易・労力などに照らして適正かつ妥当なものにするよう求めています(会規第68号2条)。金額を一律に決める仕組みではなく、事案ごとに幅がある建て付けです。弁護士は、報酬の種類・金額・算定方法などを明示した基準を、事務所に備え置くことになっています(同3条)。
報酬の額そのものは、この記事では相場として示しません。過去に日弁連が金額のアンケートを公表したこともありますが、それは2008年度の調査で、いまの相場とは限らないためです。実際の額は、次の第4と第5でみるように、事案と事務所ごとに見積もりで確かめるほかありません。
第4 費用倒れをどう見極めるか
費用倒れかどうかは、増える金額から、減りうる要素と弁護士費用を差し引いて、手元に残る額が増えるかどうかで見極めます。第1で述べた増える金額(慰謝料・主婦の休業損害)がプラス、第2で述べた過失による目減りと、第3でみた弁護士費用がマイナスです。差し引いてプラスが残れば依頼する価値があり、マイナスなら費用倒れです。
見極めの手順は単純です。まず、弁護士が入って増えそうな金額を見積もります。次に、過失による目減りと弁護士費用を引きます。残りがプラスかマイナスかで、依頼の価値が決まります。
1 費用倒れになりにくい場合
費用倒れになりにくいのは、弁護士が入って増える金額が、費用を十分に上回る場合です。
仮に、弁護士費用を「増えた分の50%+実費」と考えてみます。ここで挙げる金額は、考え方を示すための仮の数値で、実在する事務所の報酬条件ではありません。弁護士が交渉して示談金が100万円増えたとすると、報酬は100万円の50%で50万円、手元に残る増加は50万円です(実費は別途)。この場合は、費用を払っても手取りが増えます。
増える金額が大きくなりやすいのは、通院が長くなった事案や、主婦の休業損害が加わる事案です。私がこれまで関わった交渉では、弁護士が入ると、裁判基準の8割を上回る水準で解決した例が多いです。もっとも、これは私の経験にもとづく見立てで、増える幅は事案によって変わります。
2 費用倒れになりやすい場合・依頼を急がなくてよい場合
費用倒れになりやすいのは、増える金額が小さい場合と、第2でみた過失が大きい場合です。
同じく仮の数値で考えます。増額が20万円にとどまり、最低報酬額を20万円と定める事務所に頼んだとすると、報酬だけで増額分が消え、実費の分がマイナスになります。これが費用倒れです。私の実感では、最低報酬額を定めている事務所もあり、増額の見込みが小さい事案では、この額が分かれ目になります。
第2で述べた過失が大きい事案も、費用倒れの一類型です。裁判基準にすると過失分がそのまま差し引かれ、増えるどころか減ることがあります。こうした場合は、弁護士への依頼を急ぐ必要はありません。
実費(訴訟の印紙代や診断書代など)は報酬とは別にかかり、額は事案によって異なります。増える金額の見込みも費用も事案ごとに違うため、最終的には見積もりで確かめます。
第5 委任前に見積もりを取る
損益は事案ごとに違うため、依頼する前に費用の見積もりを出してもらうのが確実です。日弁連の規程も、依頼しようとする人から申し出があったときは、弁護士は報酬見積書の作成と交付に努めると定めています(会規第68号4条)。受任のときには、報酬と費用を説明し、委任契約書を作る義務もあります(同5条)。
第4で述べた損益の見極めは、見積もりの数字があって初めてできます。見積もりを取るときは、次の点を確認します。
- ① 着手金・報酬金・実費が、それぞれいくらか。
- ② 報酬は何を基準に計算するか(増えた金額か、受け取る総額か)。
- ③ 最低報酬額の定めがあるか。
- ④ 見込みの増額と費用を並べたとき、手元に残る額が増えるか。
見積もりは、複数の事務所から取っても構いません。同じ事案でも、体系や最低報酬額の有無で手取りが変わるからです。見比べれば、費用倒れになるかどうかを、依頼する前に判断できます。
第6 よくある質問
弁護士費用特約に入っていれば、費用倒れの心配はいらないのですか。
弁護士費用特約に入っていれば、対象となる事故で弁護士に依頼するとき、法律相談料や弁護士費用が保険会社から支払われます。保険金額は300万円のことが多く、その範囲内なら自己負担なく相談や依頼ができることが多いです。弁護士費用特約だけを使う場合、翌年の保険の等級(保険料)が下がらない扱いが一般的です。ただし、特約でカバーされる範囲を超える部分は自己負担になります。この記事が前提としてきたのは、特約がない場合です。
保険会社が出してきた休業損害が、実際に通院した日数だけで計算されています。これで正しいのですか。
保険会社は「1日あたりの額×実際に通院した日数」で提案してくることが多いのですが、対象となる日数は、事案によって総治療期間とする場合もあれば、実通院日数で算定する場合もあります。分かれ目の方向性は、連続して休業しているか否かです。自賠責の支払基準も、休業損害の対象日数を「実休業日数を基準とし、傷害の態様や実治療日数その他を勘案して治療期間の範囲内とする」と定めています。主婦の休業損害は、治療中ではなく、症状が固定した後の賠償交渉の段階で請求するのが基本です。
訴訟で勝てば、弁護士費用を相手(加害者)に払わせることができると聞きました。本当ですか。
訴訟で勝訴した場合、裁判所は認容額の1割程度を「弁護士費用相当損害金」として損害額に上乗せするのが実務の通例です(最判昭和44年2月27日)。認容額とは、過失相殺や既払金を差し引いた後の額です。ただし、これは判決で相手方に負担させる別の制度で、依頼者が自分の弁護士に支払う報酬とは別物です。示談で解決する場合は、この上乗せがされないのが通常です。
第7 本記事の前提と更新
本記事は2026年7月時点の法令・運用に基づきます。判例・法改正に応じて随時更新します。
交通事故の賠償や弁護士費用のご相談は、当事務所でも受けています。見積もりの取り方や費用については、費用のご案内をご覧ください。
参考文献
- 小野裕樹『被害者側弁護士のための交通賠償法実務』日本評論社、2025年
- 高野真人編著『註解 交通損害賠償算定基準』ぎょうせい
- 弁護士法人サリュ業務改善部会『交通事故事件処理の道標』
- 平岡将人ほか『交通事故案件対応のベストプラクティス』
- 「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号、令和2年4月1日現行)
- 日本弁護士連合会「弁護士の報酬に関する規程」(会規第68号)
- 日本弁護士連合会「市民のための弁護士報酬ガイド〔2008年度アンケート結果版〕」