微罪処分の要件・対象事件・除外事件|手続から読み解く弁護活動
導入
軽微な刑事事件として検挙された場合、その事件が「微罪処分」として警察限りで処理されることがあります。微罪処分とは、刑事訴訟法246条但書に基づいて、警察が事件を検察官に送致せずに終結させる処分のことです。検察官に事件が送られないため、検察庁での取調べや、その後の公判・略式手続もなく、罰金の支払いも生じません。
統計を見ると、令和6年に微罪処分により処理された人員は4万7,982人(うち刑法犯は4万7,974人)で、全検挙人員に占める比率は25.0%となっています(『令和7年版犯罪白書』第2編第2章第1節、警察庁の統計による)。検挙された人の4人に1人が微罪処分で処理されており、決して例外的な制度ではありません。
本稿は、刑事訴訟法・犯罪捜査規範という一次資料と、公開された警察実務マニュアルの双方から、微罪処分の対象事件・除外事件・考慮要素・処分後の取扱いを整理します。
第1章 微罪処分の法的根拠と他の処分との関係
1-1 刑事訴訟法246条但書
微罪処分の直接の法的根拠は、刑事訴訟法246条にあります。
第二百四十六条 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。
本文の規定は「全件送致主義」と呼ばれ、司法警察員が捜査した事件は速やかに検察官に送致するのが原則であることを示しています。日本の刑事手続の基本構造は、警察が捜査して検察官に送致し、検察官が起訴・不起訴を判断するという流れを前提としています。
ところが、但書として「検察官が指定した事件については、この限りでない」と規定されており、検察官があらかじめ指定した事件については、警察から検察官への送致を要しないこととされています。この但書こそが、微罪処分の法的根拠です。
「検察官が指定」する具体的な内容は、各地方検察庁の検事正が、所管区域内の警察に対して「この罪名・この要件を満たす事件は検察官に送致しなくてよい」という一般的指示を出す形で運用されています。これは個別事件ごとの指示ではなく、検事正による包括的・事前的な指定であり、警察はこの指定の範囲内で微罪処分を行うことができます。
1-2 犯罪捜査規範が定める手続
微罪処分の具体的な手続は、犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)198条以下に定められています。同規範は警察庁の規則として制定されており、各都道府県警察の運用基準となっています。
具体的には、犯罪捜査規範198条が微罪処分の対象事件と要件を、199条が処分手続を、200条が検察官への報告を、214条が簡易送致との関係を、それぞれ定めているとされます(条文の正確な内容は、警察学論集等の実務雑誌での引用および各種実務書での解説に依拠しています)。
警察が微罪処分を行ったときは、犯罪捜査規範に基づいて、検察官に対して定期的に処分結果を報告する仕組みがあります。報告の方法は月報の形式が一般的で、各警察署単位で集計・送付されます。
1-3 他の処分類型との関係
軽微犯罪を扱う処分には複数の類型があり、混同されがちです。次の表で整理します。
| 処分 | 判断主体 | 検察送致 | 前科 | 前歴 | 主な対象 |
|---|---|---|---|---|---|
| 微罪処分 | 警察(司法警察員) | なし | なし | あり | 検察官指定の軽微成人事件 |
| 簡易送致 | 警察→家裁 | あり(書類のみ) | なし | あり | 少年事件で犯情極軽微 |
| 起訴猶予 | 検察官 | あり | なし | あり | 不起訴処分の一類型(刑訴法248条) |
| 略式命令 | 簡裁(書面審理) | あり | あり | あり | 100万円以下の罰金・科料相当事件 |
| 即決裁判手続 | 簡裁(公判) | あり | あり | あり | 軽微事件で被疑者同意あり(刑訴法350条の16以下) |
被疑者にとって最も有利な順に並べると、微罪処分(前科なし・公判なし・検察送致なし)→起訴猶予(前科なし・公判なし)→略式命令(前科あり・公判なし)→即決裁判(前科あり・即日判決)→公判請求(前科あり・通常公判)となります。
微罪処分は、検察庁での取調べを受けず、警察署での取調べと書類作成のみで事件が終結します。もっとも、警察での取調べ・係長による擬律判断・地域課長による処理決定・署長決裁・刑事課への引継ぎ・検察庁への報告という段階を経るため、処理が完了するまでに一定の期間を要するのが通常です。検挙から処分確定までの所要期間は、事案や警察署の繁忙により幅がありますが、数か月程度を見込んでおくのが現実的です。
第2章 対象事件(罪名別)
微罪処分の対象となる罪名と要件は、各地方検察庁の指定通知に基づいて運用されています。一般的に対象とされている罪名と要件を、犯罪類型別に整理します。
2-1 窃盗・詐欺・横領・盗品等関与の罪
これらの罪については、次の要件をすべて満たす事案が対象とされています。
第一に、被害額が極めて少額であることです。被害額の基準は各都道府県警察によって運用が異なります。たとえば警視庁地域部「地域警察官のための事件処理の手引き(捜査・交通編)」51頁では、判断基準として「おおむね10,000円程度(地検検事正から刑訴法193条1項に基づく指示)」と示され、留意点として「被害額にこだわらず総合的に判断する」「おおむね10,000円程度としているが、実務上は、10,000円以下で運用すること」と記載されています。各地域の警察内部資料では1万円以下で運用するよう指導しているものもあり、地域によって運用基準は多様です。法令や全国共通の通達による基準ではなく、各検察庁の指定通知に基づく実務慣行として位置づけられている点に留意が必要です。
第二に、犯情が軽微であることです。計画性がなく偶発的な犯行であり、態様が特に悪質ではないことが求められます。なお、軽微性・被害額に関係なく、犯情が軽微とはいえない類型として実務上挙げられる例があります。たとえば夜間に他人の庭内に侵入して行う色情盗のような事案は、被害額が小さくても犯情軽微とは評価されず、微罪処分の対象から外れる扱いとされます。
第三に、被害が回復され、被害者が処罰を希望していないことです。物の返還・被害弁償が完了しており、被害者から処罰意思の撤回の意思表示を得ていることが要件となります。
第四に、被疑者が素行不良者でなく、再犯のおそれがない偶発的犯行であることです。前科・前歴の蓄積がなく、生活基盤が安定しており、再犯のおそれが認められないことが必要です。
これら4要件はいずれも、被疑者の置かれた状況・事件の態様・事後対応のすべてを総合的に評価する判断となります。
実務的な代表類型は「万引き」「自転車盗」「占有離脱物横領(落とし物の取得)」「無償譲受け(拾得物の友人からの受領)」などです。コンビニ・スーパーでの数千円程度の万引きで、初犯、店舗との示談成立、被害弁償済み、というような典型例が微罪処分の中心類型といえます。
2-2 暴行の罪
暴行罪(刑法208条)については、次の要件をすべて満たす事案が対象とされています。
第一に、凶器を使用していないことです。素手による暴行が前提となり、棒・刃物・瓶などの凶器を用いた事案は対象から外れます。
第二に、犯情が軽微であることです。態様が悪質でなく、傷害結果が生じていないことが必要です。傷害結果が生じている場合は傷害罪となり、微罪処分の対象から外れる扱いが一般的です。
第三に、被害者が処罰を希望していないことです。被害者との示談が成立し、宥恕の意思表示を得ていることが要件です。暴行罪は親告罪ではありませんが、被害者の処罰意思は微罪処分判断の決定的要素となります。
第四に、素行不良者でない者の偶発的犯行で、再犯のおそれがないことです。
実務的な代表類型は「酔った勢いでの軽い小競り合い」「家族間の偶発的なトラブル(傷害結果なし)」などです。ただし、傷害結果(怪我)が生じた瞬間に傷害罪となり、微罪処分の対象外となる扱いが一般的なので、現場での「傷害ありなし」の判断が重要になります。
2-3 賭博の罪
賭博罪(刑法185条)については、次の要件をすべて満たす事案が対象とされています。
第一に、賭けた財物が僅少であることです。少額の賭けにとどまっており、生活費に影響を与える規模ではないことが求められます。
第二に、犯情が軽微であることです。常習性が認められず、賭博場開帳図利罪などの重い類型ではないことが必要です。
第三に、共犯者の全てについて再犯のおそれがないことです。賭博は本質的に複数人で行うものであり、共犯者の中に素行不良者・再犯者がいる場合は微罪処分の対象から外れる扱いが一般的です。
賭博罪での微罪処分は、窃盗・暴行と比べて公開統計上の独立データが乏しく、運用実態の詳細は明らかでない部分があります。麻雀での少額賭博などが想定される類型ですが、共犯者全員の素行が問題視されない場合に限られるため、実際の運用は限定的と考えられます。
2-4 罪名別の運用実態(統計)
罪名別に微罪処分の運用実態を見ると、中心は窃盗(特に万引き)であることがわかります。
『令和6年版犯罪白書』第7編第3章第1節によれば、万引きの微罪処分率は、女性で48.5%、男性で38.5%(令和5年)です。万引きで検挙された人の半数近くが、微罪処分で事件終結を迎えていることになります。
『平成28年版犯罪白書』第2編第1章による罪名別データ(平成27年)では、暴行が12,162人・47.7%、遺失物等横領が11,134人・49.1%、詐欺が1,421人、盗品譲受けが420人・30.8%となっています。暴行と遺失物等横領は、検挙人員の約半数が微罪処分で処理される高水準です。詐欺は件数こそ少ないものの、被害額・態様によっては微罪処分の対象となり得ます。
これらの統計から見える運用実態は、「被害額が少額の軽微事案・初犯・示談成立」という条件がそろえば、罪名問わず微罪処分が現実的な選択肢として運用されている、という姿です。
第3章 除外事件
微罪処分の対象とならない事件についても、各地方検察庁の指定通知の中で明示的に列挙されています。除外事件は、犯罪類型として軽微であっても、捜査手続の性質や被疑者の属性によって、微罪処分から外される類型です。
3-1 強制捜査をした事件
強制捜査(捜索・差押え・検証等)を行った事件は、原則として微罪処分の対象から外されます。
これは、強制捜査を行うこと自体が「事件を慎重に扱う必要がある」という捜査機関の判断を含意するため、警察限りで処理することと整合しないという考慮に基づくものとされます。
ただし、現行犯逮捕については例外的な扱いがあります。警察内部資料には「現行犯逮捕をした事件を微罪処分する場合の現行犯逮捕手続書作成の要否」に関する解説が見られ、これは現行犯逮捕がされた事案であっても微罪処分による処理を行う運用が前提とされていることを示します。逮捕の有無のみで微罪処分の可否が決まるわけではなく、その後の身柄処理(早期釈放・在宅扱いへの切替え)と他の要件の充足によって、微罪処分の余地が残される運用となっています。
3-2 告訴・告発・請求・自首にかかる事件
告訴・告発・請求・自首によって捜査が開始された事件は、微罪処分の対象から外されます。
告訴・告発は、被害者・第三者から処罰意思が明示的に示された状態であり、自首は被疑者から犯罪事実が積極的に申告された状態です。これらの事件は、捜査の出発点に「処罰の手続を進めるべき」という意思が存在するため、警察限りでの処理は不適切と判断されます。
請求は、特定の犯罪(外国国章損壊罪等)について、外国政府等から処罰の請求がある場合を指します。実務上は告訴・告発と並んで列挙されますが、出現頻度は低いといえます。
3-3 少年事件
少年事件は微罪処分の対象から外されます。これは、刑事手続と少年手続が制度的に分かれているためで、少年事件は家庭裁判所に送致するのが原則です。
ただし、少年事件には別途「簡易送致」という制度があります。簡易送致とは、軽微な少年事件について、書類のみで家庭裁判所に送致する手続で、犯罪捜査規範214条等で定められています。微罪処分の対象外となる代わりに、簡易送致という別ルートが用意されているという関係です。
少年事件の簡易送致は、犯情が極めて軽微で再犯のおそれがない場合に運用されており、微罪処分と類似の機能を果たしています。
3-4 駐留軍関係事件
駐留軍の構成員・軍属、およびそれらの家族が被疑者である事件は、微罪処分の対象から外されます。
これは、日米地位協定との関係で、駐留軍関係者の刑事事件には特別の処理ルートが定められているためです。微罪処分という警察限り処分の枠組みではなく、地位協定に基づく合衆国軍隊への通知や、合同委員会での協議など、別の手続が予定されています。
この除外事件カテゴリーは、一般的な解説記事ではほとんど触れられていませんが、実務的には重要な区分です。米軍基地周辺の地域では、駐留軍関係事件が一定の頻度で発生しており、その処理ルートが微罪処分の枠外にあることは、地域警察の運用上の前提となっています。
3-5 検察官から特に送致するよう指示された事件
事件ごとに、検察官から「これは送致するように」という個別指示があった場合、その事件は微罪処分の対象から外されます。検察官指定の包括的範囲には入る事件であっても、検察官が個別事情を踏まえて送致を求めた場合は、警察はその指示に従って送致しなければなりません。
加えて、被疑者の属性として職務上清廉性が強く要求されている身分の犯行は、検察官から送致を指示される類型として位置づけられているのが実務上の取扱いです。たとえば公務員などがこれに該当します。職務上の信用が問われる立場にある者の犯行は、犯情の軽微性や被害額に関係なく原則として微罪処分にはなじまず、検察官送致のうえで処分が判断されることになります。
第4章 微罪処分手続書から読む考慮要素
微罪処分が決定される場面では、警察において「微罪処分手続書」と呼ばれる書類が作成されます。この手続書は警察内部の書式ですが、平成30年6月1日付の大阪府警察本部地域部地域総務課の業務マニュアル「地域警察官による微罪処分事件及び簡易書式例事件の処理要領について」が、山中弁護士のホームページに公開資料として掲載されており、その内容を確認することができます(山中弁護士サイトの公開資料 参照)。
以下では、同マニュアルから読み取れる微罪処分手続書の構造と手続フロー、各項目の意味、弁護人視点での重要性を整理します。なお、各都道府県警察で書式が完全に同一とは限らない点には留意が必要ですが、項目の骨格は共通していると考えてよいでしょう。
4-1 微罪処分の処理フロー
同マニュアルは、地域警察官が処理する不拘束の微罪処分対象事件について、次の手続フローを定めています。
- 取扱い警察官による被疑者の任意同行と、地域係長への報告
- 被疑者の身分確認と犯歴等の照会
- 地域係長による擬律判断(事件の概要把握・微罪処分による処理が相当かどうかの判断)
- 地域課長への報告と、地域課長による微罪処分事件処理の決定(事件指揮簿により警察署長の指揮を受ける)
- 事件処理担当者の指名と、被疑者の取調べ・被害者からの事情聴取
- 微罪処分手続書の作成と、事件処理担当者欄への署名・押印・各手続書の契印
- 地域課長による署長決裁の取得と、刑事課長への一件記録の引継ぎ
- 検察庁への微罪処分事件の報告(刑事課が実施)
このフローからわかるのは、微罪処分が単なる「警察官個人の判断」ではなく、係長・課長・署長の三段階の決裁を経た組織的判断として行われている点です。弁護人として警察に意見書を提出する場合、宛先や接触相手は事件処理担当者だけでなく、地域係長・地域課長を意識する必要があります。
4-2 微罪処分手続書の構造(公開資料から確認できる内容)
公開された業務マニュアルの参考資料1(微罪処分手続書 別記様式第30号)から、書式の構造として次の項目が確認できます。
第一に、決裁印欄として、署長・副署長・課長・課長代理・係長の決裁印が並びます。前述のとおり、微罪処分は複数の決裁印が必要な組織的判断です。
第二に、検察官報告欄として、年月日と「微第○号」という事件番号が記載されます。検察官への報告対象として番号管理がされていることがわかります。
第三に、検挙年月日と検挙者(警察署・司法警察員)が記載されます。
第四に、被疑者情報として、本籍・住居・職業・氏名(ふりがな)・年齢・生年月日が記載されます。素行不良者でないことを判断するうえで、職業の安定性・住居の固定性は重要な判断要素となります。
第五に、犯罪事実の要旨欄があります。事件の概要が短文で記載され、被害額・犯行態様・被害者の対応など、考慮要素を判断する基礎情報がここに集約されます。
第六に、犯歴(指名手配)照会結果欄があります。前科・逮捕歴の有無、過去の微罪処分歴が記載されます。複数回の微罪処分歴がある場合は、「素行不良者でない」「再犯のおそれなし」の要件評価に影響することが想定されます。
第七に、被疑者の供述書欄があります。書式には次の4項目が定型文として印字されています。 – 私は、自分の意思に反して供述しなくてもよいことを告げられよくわかりました。 – 私は、ただ今読み聞かせていただきました犯罪事実のとおり罪を犯したことに間違いありません。 – このことにつきましては悪いことをしたと反省しています。 – 今後は再びこのような過ちを犯さないことを誓います。
供述拒否権の告知が受けられた旨、犯罪事実を認める旨、反省と誓約の意思を、被疑者が自書で署名捺印する形式となっています。
第八に、請書欄があります。「上記の者に対して、今後は十分戒め、再びこのようなことがないよう私が責任をもって監督します。」という定型文が印字され、親権者・雇主その他被疑者を監督する地位にある者が、住所・職業・本人との関係・氏名を記載して署名捺印する形式です。
第九に、処分の際の処置欄があります。書式には次の2つの典型的処置が印字されています。 – 被疑者に対し、厳重に訓戒を加えて、将来を戒めるとともに、被害者に対する被害の回復、謝罪その他適当な方法を講ずるよう諭した。 – 親権者、雇主その他被疑者を監督する地位にある者又はこれらの者に代わるべき者を呼び出し、将来の監督につき必要な注意を与えて、その請書を徴した。
司法警察員の押印欄が併設されており、これらの処置を実施した司法警察員が押印する仕組みです。
第十に、被害者供述書欄と事件処理担当者欄が続きます。
これらの項目構造から、微罪処分という処分が、(i)被疑者の反省と誓約、(ii)監督者からの責任ある監督の確約、(iii)司法警察員による訓戒、(iv)被害者の供述という4つの要素の組み合わせで成立する処分として設計されていることがわかります。
なお、書式の中央部には黒塗り(不開示)部分があり、対象罪種・手口の列挙や、対象事件要件の細目チェック項目は公開資料からは直接読み取れません。これらは警察実務において運用されている要件として、各検察庁の指定通知に基づき罪名別に整理されているものと考えられます(第2章で罪名別に整理したとおり)。
4-3 取調べ時の指掌紋・写真・口腔内細胞採取
同マニュアルの「事件処理担当者による捜査管理と具体的指示」の項では、取扱い警察官の業務として次の事項が標準業務として明記されています。
事件処理担当者の指揮の下に、被疑者の承諾を得て、指掌紋記録及び被疑者写真記録を作成するとともに、口腔内細胞を採取する。
つまり、微罪処分相当の軽微事件であっても、指掌紋(指紋・掌紋)記録、被疑者写真記録、そして口腔内細胞(DNA採取に相当)の採取が、業務マニュアル上は標準業務として位置づけられています。被疑者の承諾を得ることが要件となっており、任意採取という建付けですが、警察官の業務上は「採取するもの」として手続が組まれていることがわかります。
ここで採取された資料の処遇は次章で詳述しますが、軽微事件であっても警察庁データベースに登録される可能性がある点は、被疑者・弁護人が事前に認識しておくべき重要事項です。
4-4 弁護人視点:手続書のどこに介入できるか
弁護人の立場から見ると、微罪処分手続書の各項目は「弁護活動の対象となる箇所」を示しています。
被疑者の供述書欄については、被疑者が自書で署名する書類なので、弁護人として供述拒否権の意義と、認否の方針を事前に整理しておく必要があります。「反省しています」「過ちを犯さないことを誓います」という誓約は、書式上の定型文ですが、被疑者の真摯な反省の表明として処分判断に影響します。
請書欄については、監督者となる親権者・雇主の選定と、その方からの監督確約の取得が弁護活動の対象です。誰が監督者として最適か、どのような監督内容を示すかは、弁護人と家族が相談して決めるべき事項となります。
処分の処置欄については、書式上は「厳重に訓戒」「監督者の請書を徴した」という処置が想定されています。弁護活動として、被疑者・監督者双方が訓戒を真摯に受け止め、再発防止策を具体的に提示できる準備をしておくことが、処分判断の説得材料となります。
被害者供述書については、被害者から「被害が回復された」「処罰を希望しない」旨の供述が得られているかが決定的です。弁護人が窓口となって示談交渉・被害弁償・宥恕の意思表示獲得を進める必要があり、これが微罪処分判断に直結します。
加えて、書式の中央部の黒塗り部分(対象事件要件のチェック項目)は、第2章で整理した「被害僅少」「犯情軽微」「素行不良者でない」「再犯のおそれなし」等の要件と対応しているものと考えられます。これらの要件についても、被疑者の生活基盤・家族関係・再発防止策を具体的に示すことで、弁護人として警察官の判断材料を提供できます。
4-5 都道府県の運用差
「被害額がおおむね2万円以下」という基準額は、警視庁の運用準則として一般的に知られていますが、各都道府県警察で基準額に差がある可能性があります。大阪府警察のマニュアルでは具体的な金額基準は黒塗りされており、PDFからは確認できません。
埼玉県警察の運用準則は公開資料からは確認できませんが、近隣の警視庁・神奈川県警と類似の運用がなされていると推測されます。地域による違いがあり得ることを前提に、個別事件では当該警察署の運用を弁護人が確認する必要があります。
第5章 微罪処分後の取扱い
微罪処分で事件が終結した場合、その後の取扱いについて、いくつか押さえておくべき点があります。
5-1 前科はつかないが前歴は残る
前科とは、罰金以上の有罪判決が確定した者について、市区町村が「犯罪人名簿」に登載する制度上の記録を指します。微罪処分は有罪判決ではないため、前科として記録されることはありません。
これに対して、前歴とは、捜査機関(警察・検察)が被疑者として検挙した記録を指します。微罪処分で事件終結となっても、警察・検察の内部記録としては「微罪処分歴」が残ります。これは「前歴」と呼ばれるものに含まれます。
「前科はつかない」という点は、微罪処分の最大のメリットです。資格の絶対的欠格事由(多くが「禁錮以上の刑」を要件とする)には該当せず、私生活上の影響も最小限に抑えられます。一方で、「前歴は残る」という事実は、再犯時の処分判断や量刑判断に影響する可能性があります。
5-2 指紋・顔写真・身上書類・口腔内細胞(DNA)の採取
微罪処分相当の事件であっても、警察において指掌紋採取・顔写真撮影・身上書類の作成が行われることが一般的です。第4章で見たとおり、大阪府警の業務マニュアル上は、被疑者の承諾を得たうえで指掌紋記録・被疑者写真記録の作成、および口腔内細胞の採取を行うことが標準業務として位置づけられています。これらは犯罪捜査規範に基づく捜査活動の一環として、被疑者の特定および将来の捜査の便宜のために作成されます。
採取された指紋・顔写真は、警察庁の犯歴情報管理システム等に登録され、実務上は半永久的に保管されるとされます。これは、再犯時の同一人物特定や、別事件での身元確認などに利用されます。
口腔内細胞の採取は、いわゆるDNA型情報の取得につながる手続です。日弁連の2023年2月27日付勧告書(日弁連総第68号)では、自転車窃盗で微罪処分となった事案でDNA採取が行われたケースについて、任意採取の手続的妥当性に疑問が呈されました。業務マニュアル上は標準業務として位置づけられている口腔内細胞採取ですが、その任意性が実質的に確保されているかどうかは、個別事案で問題となり得る論点です。微罪処分相当の事件で口腔内細胞採取(DNA採取)を求められた場合の応対は、弁護人と相談すべき事項となります。
5-3 検察庁への月報報告
警察は、微罪処分とした事件について、犯罪捜査規範に基づいて検察官に対して月報の形式で処分結果を報告する仕組みがあります。報告は事件単位ではなく集計形式で行われるのが一般的で、検察庁の正式な犯歴記録(前科調書)に微罪処分の事実が個別事件として登載されるわけではありません。
ただし、月報報告を通じて、検察庁にも微罪処分の事実は把握されています。同一人物が短期間に複数の事件で微罪処分を受けていることが判明した場合、検察官指示によって次回事件以降は微罪処分対象から外される可能性があります。
第6章 弁護活動の方向性
微罪処分を獲得するための弁護活動について、ここでは要点のみを簡略にご紹介します。詳細は、刑事弁護全般を扱う別記事に譲ります。
6-1 示談・被害弁償・宥恕の獲得
第4章で見たとおり、微罪処分手続書の要件のうち、「被害回復している」「被害者が処罰を希望していない」は、弁護活動で直接働きかけが可能な項目です。
弁護人が窓口となって被害者と接触し、被害弁償を完了させ、宥恕の意思表示(処罰を求めない旨の意思)を取得することが、微罪処分判断において決定的な役割を果たします。被害者との交渉は、被疑者本人が直接行うと感情のもつれを招きやすいため、弁護人を窓口とするのが実務上の通例です。
被害弁償の金額は、単に被害額にとどまらず、店舗の調査費用・人件費・精神的苦痛への慰謝も含めて協議されることがあります。包括的な解決を目指すことで、店舗側の宥恕を得やすくなります。
6-2 警察への意見書による働きかけ
弁護人として、警察に対して微罪処分相当事件である旨の意見書を提出することも有効です。第4章で見たとおり、微罪処分は地域係長による擬律判断、地域課長による処理決定、署長決裁という三段階の組織的判断を経て行われます。意見書の宛先と接触相手は、事件処理担当者だけでなく、地域係長・地域課長を意識する必要があります。
意見書には、(i)事件の事実関係、(ii)対象事件への該当性(被害額・犯情の軽微性等)、(iii)除外事件への不該当(強制捜査なし・告訴告発なし等)、(iv)被疑者の素行・再犯のおそれの不存在、(v)被害回復・宥恕獲得の状況、(vi)監督者の確保と監督内容、を体系的に整理して記載します。
意見書の提出方法はFAX送信と電話連絡を組み合わせるのが基本で、対面でのやり取りは滅多にありません。担当警察官の判断材料として、書面の形で残る意見が機能します。
まとめ
微罪処分は、刑事訴訟法246条但書を法的根拠として、警察が事件を検察官に送致せずに終結させる処分です。年間約4万8千人が微罪処分で事件終結を迎えており、軽微犯罪の処理ルートとして決して例外的な制度ではありません。
対象事件は、(i)窃盗・詐欺・横領・盗品等罪、(ii)暴行罪、(iii)賭博罪に大別され、それぞれ罪名ごとに被害僅少・犯情軽微・被害回復・再犯のおそれなしといった要件が設定されています。除外事件として、強制捜査をした事件・告訴告発自首事件・少年事件・駐留軍関係事件・検察官指示事件があります。
実務的な判断は、警察において作成される「微罪処分手続書」(別記様式第30号)の項目ごとに行われており、本稿では大阪府警察本部の公開マニュアル(山中弁護士サイト経由で確認可能)から、被疑者情報・犯罪事実の要旨・犯歴照会結果・被疑者供述書・監督者の請書・処分の処置(厳重訓戒と監督者請書の徴取)・被害者供述書という書式構造と、地域係長→地域課長→署長決裁→刑事課引継ぎという三段階の手続フローを整理しました。弁護人の立場からは、被害回復・宥恕獲得・監督者の確保・反省と再発防止策の具体化など、書式の各項目に対応する活動が中心となります。
微罪処分後は前科はつかないものの、前歴は警察・検察の内部記録として残り、指紋・顔写真・口腔内細胞(DNA)が業務マニュアル上の標準業務として採取されることがあります。これらは警察庁データベースに登録され、実務上は半永久的に保管されるとされます。
被疑者・ご家族にとって重要なのは、警察段階での早期の弁護活動の着手です。微罪処分は基本的に在宅事件を想定した処分であり、警察の取調べと書類作成・係長と課長の決裁・署長決裁・刑事課への引継ぎという段階を経るため、相応の時間を要します。その途中の各段階で、示談・被害弁償・宥恕獲得・意見書提出を組み立てる必要があります。
参考文献・出典
- 刑事訴訟法246条
- 犯罪捜査規範198条以下(昭和32年国家公安委員会規則第2号)
- 平成30年6月1日付 大阪府警察本部地域部地域総務課業務マニュアル「地域警察官による微罪処分事件及び簡易書式例事件の処理要領について」(山中弁護士サイトに公開されている資料を参照)
- 警視庁地域部「地域警察官のための事件処理の手引き(捜査・交通編)」51頁
- 法務省『令和7年版犯罪白書』第2編第2章第1節(警察庁の統計による)
- 法務省『平成28年版犯罪白書』第2編第1章
- 日弁連勧告書「日弁連総第68号」(2023年2月27日付)
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軽微犯罪で検挙された方、ご家族が検挙されている方は、微罪処分による事件終結を視野に入れた早期の弁護活動が可能です。検挙直後から送致前段階の限られた時間の中で、示談・被害弁償・意見書提出を並走させる必要があるため、できるだけ早く刑事弁護に注力する大宮・レナトス法律事務所にご相談ください。初回相談において、現在の状況と弁護方針をできる限り率直にお伝えします。
監修: 代表弁護士 横山遼
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