セルフレジ万引きの罪名|窃盗罪・電子計算機使用詐欺罪の区別と弁護活動
導入
セルフレジの普及にともない、店舗側が想定していなかった態様の万引きが現れています。たとえば、200円の食パンに事前に剥がしておいた10円の駄菓子のバーコードを貼り付け、セルフレジで安いバーコードのほうをスキャンして190円分の支払いを免れる、といった事案です。
このような事案について、警察向けの公刊雑誌「警察公論」2026年6月号21頁以降では、電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)での擬律を示唆する記述が見られます。具体的には、想定裁判官の発言として「これってセルフレジという機械を騙しているってことにはなりませんか?」という問題提起を起点に、被疑事実として電子計算機使用詐欺罪を念頭に置いた要旨が示されています。
しかし、この擬律判断には理論的にも実務的にも検討すべき大きな問題があります。電子計算機使用詐欺罪には罰金刑が法定されておらず、法定刑は10年以下の拘禁刑のみとなっているからです。窃盗罪であれば10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が法定されており、罰金処理(略式命令)の余地があります。同じ事案でも、どちらの罪名で擬律するかによって、公判請求を免れる可能性が大きく変わってきます。
本稿は、セルフレジでバーコードを貼り替えた事案の擬律判断について、電子計算機使用詐欺罪の立法経緯にさかのぼって両罪の関係を整理し、窃盗罪のみが成立するという結論を導く理論的根拠を示します。そのうえで、捜査機関への意見書による働きかけという弁護活動の実務まで踏み込んで解説します。
第1章 問題の所在
1-1 本稿の射程——バーコード貼替型に限定
セルフレジを利用した不正な精算処理にはいくつかの類型があります。代表的なものとして、別商品のバーコードシールを剥がして対象商品に貼り付ける「バーコード貼替型」、実在しない(または安価な)商品コードをセルフレジ端末に手動入力する「架空コード入力型」、商品の一部をスキャンせずに袋詰めして精算を完了させる「未スキャン型」、拾得した他人名義のクレジットカードでセルフ決済する「他人決済型」などがあります。
これらは外形的には類似していますが、擬律判断の枠組みは類型ごとに異なります。本稿の射程は、警察公論で取り上げられた事例設定に対応する「バーコード貼替型」に限定し、他の類型については別稿に譲ります。
バーコード貼替型の特徴は、店舗内に実在する高価な商品(食パン)を、安価な商品(駄菓子)のバーコードと結びつけてスキャンする点にあります。すなわち、店舗側の意思に反して、高価な商品の占有を奪取しているという事実構造を備えています。この点は後述する擬律判断の出発点となります。
1-2 警察公論の擬律と想定被疑事実
警察公論2026年6月号21頁以降に掲載された恩田剛「ある日の令状面接室〜適正な令状請求を目指して 第37回(完)セルフレジを使った犯罪」では、論述のための架空事例として、おおむね次のような事例設定が示されています。
被疑者は、200円の食パン1点のバーコードの上に、事前に剥がしていた1点10円の駄菓子のバーコードを貼り付け、その後、セルフレジでそのバーコードを読み込ませることで、あたかも食パン1点を10円で買ったように見せかけていた
この事例設定について、想定裁判官の発言として「これってセルフレジという機械を騙しているってことにはなりませんか?」という問題提起がなされ、これを受けて想定される被疑事実の要旨が次のように示されています。
Aは、令和8年3月10日午前11時10分頃、東京都中央区〇〇町3丁目1番地所在のV店において、駄菓子1点(販売価格10円)に貼り付けられていたバーコード1枚を剥がし取って、別の商品である食パン1点(販売価格200円)に貼り付けた上、同日午前11時15分頃、顧客自身が商品の登録をして清算処理を行う同店内に設置されたセルフレジ端末を利用し、不正に貼り付けた前記駄菓子1点のバーコードをスキャンする方法により、同セルフレジ端末を操作して前記駄菓子1点の商品登録をして清算処理を行い、同セルフレジ端末とオンラインで接続されている国内のいずれかの場所に設置された、同店で販売された商品の清算処理等の事務処理に使用する電子計算機であるサーバーコンピュータに対し、真実は、販売された商品が前記食パン1点であるにもかかわらず、前記駄菓子1点が清算された旨の虚偽の情報を送信して与え、その頃、前記サーバーコンピュータに販売された商品が前記駄菓子1点である旨の財産権の得喪又は変更に係る不実の電磁的記録を作り、よって、前記食パン1点の販売価格の差額190円の支払いを免れ、もって同額相当の財産上不法の利益を得たものである。
被疑事実の構造を分解すると、(i)バーコードの貼り替えという準備行為、(ii)セルフレジでのバーコードスキャンという実行行為、(iii)サーバーコンピュータへの虚偽情報送信、(iv)不実の電磁的記録の作出、(v)差額190円相当の財産上不法の利益取得、という構成要件要素の組み立てになっています。
この被疑事実は、形式的に見れば電子計算機使用詐欺罪の構成要件を充足する可能性があるように読めます。しかし、本稿の核心は、形式的な構成要件該当性とは別に、刑法246条の2の立法経緯と条文構造に照らして、本件はそもそも同罪の射程に含まれないという点にあります。詳細は第3章で詳述します。
(出典:恩田剛「ある日の令状面接室〜適正な令状請求を目指して 第37回(完)セルフレジを使った犯罪」『警察公論』2026年6月号21頁)
1-3 罰金刑の有無=公判請求の可否という実務的帰結
本稿が擬律判断にこだわるのは、それが純粋な理論問題にとどまらず、被疑者・被告人の処分に直結する実務問題だからです。
窃盗罪(刑法235条)の法定刑は「10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」です。罰金刑が法定されているため、被害金額が軽微であって示談が成立しているような事案では、略式命令による罰金処分で終了する余地があります。略式命令であれば公開の法廷は開かれず、被疑者は書面の手続で処分を受け入れることになります。
これに対して、電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)の法定刑は「10年以下の拘禁刑」のみで、罰金刑は法定されていません。したがって、起訴された場合には公判請求(正式裁判)を免れないこととなり、公開の法廷での審理を経たうえで判決を受けることになります。
同じ事案であっても、窃盗罪で擬律されるか電子計算機使用詐欺罪で擬律されるかによって、被疑者の処分・社会生活・心理的負担は大きく変わります。略式命令と公判請求では、裁判の長期化、弁護士費用の総額、家族への影響、社会復帰の難易度のいずれをとっても、相当の差が生じます。
擬律判断は、純粋な構成要件論の問題であると同時に、被疑者の人生に直接影響する実務判断の問題でもあります。だからこそ、起訴前段階での擬律の正確性を確保することは、刑事弁護人にとって最も重要な活動のひとつとなります。
第2章 電子計算機使用詐欺罪の立法経緯と性質
2-1 昭和62年改正による新設
電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)は、昭和62年(1987年)6月2日法律第52号「刑法の一部を改正する法律」によって新設され、同年6月23日に施行されました。
立法の直接的な契機は、1980年代後半に社会問題化した電子計算機を介した財産侵害事案にありました。具体的には、偽造・変造テレホンカードによる通話、銀行オンラインシステムを介した不正預金操作(残高改竄・架空入金)、電信為替の不正操作などが念頭に置かれていたとされています。これらは、いずれも電子計算機が人の判断を代替して財産処理を行う場面で生じる事案であり、当時の現行法では処罰しきれないという問題状況がありました。
2-2 利益窃盗の不処罰を補完する補充規定としての性質
電子計算機使用詐欺罪の立法趣旨を理解するうえで、当時の刑法上の3つの構造的欠陥を押さえておく必要があります。
第一に、機械に対する詐欺は成立しないという点です。詐欺罪(刑法246条)は「人を欺いて」錯誤に陥らせ、その錯誤に基づく処分行為によって財物または財産上の利益を取得することを構成要件とします。判断主体が電子計算機である場合、欺罔の相手方たり得る「人」が存在しないため、詐欺罪は成立しません。これは現在でも維持されている解釈です。
第二に、利益窃盗は不可罰であるという点です。窃盗罪(刑法235条)の客体は「他人の財物」に限られており、占有移転を伴わない財産上の利益取得(典型的には、預金残高の数字を増額させる行為)は窃盗罪としても捕捉できません。
第三に、上記2つの点が組み合わさることで「処罰の間隙」が生まれます。すなわち、電子計算機を介して財産上の利益を不法に取得する行為は、機械相手であって詐欺罪では捕捉できず、また財物ではなく利益の取得であって窃盗罪でも捕捉できないという、いわゆる「法の穴」が存在することになります。
電子計算機使用詐欺罪は、この処罰の間隙を埋めるための補充規定として新設されたものです。立法時に想定されていた典型事例は、テレホンカードの不正使用による通話役務の取得、預金残高の不正な数字操作による電子的な利益取得、ETC料金システムの不正利用、キセル乗車システムの操作など、いずれも財物ではなく利益を客体とする事案でした。これらの事案では、財物の存在が想定されていないからこそ、窃盗罪との競合が問題にならず、電子計算機使用詐欺罪の独自の意義が発揮されることになります。
2-3 詐欺罪との関係——条文文言が明示する補充規定性
電子計算機使用詐欺罪が詐欺罪(刑法246条)との関係で補充規定であることは、条文の文言レベルでも明示されています。刑法246条の2は次のように規定しています。
前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、10年以下の拘禁刑に処する。
冒頭の「前条に規定するもののほか」という文言は、前条すなわち刑法246条(詐欺罪)の各号で規定された行為類型に該当する場合には、本条(246条の2)は適用されないことを意味します。すなわち、対人欺罔型の詐欺罪が成立する場面では、電子計算機使用詐欺罪は適用の余地がない、ということが条文自体に書き込まれているわけです。
加えて、客体が「財産上不法の利益」とされていることも重要です。これは2項詐欺罪(刑法246条2項)と同一の客体設定であり、財物(1項詐欺罪・窃盗罪の客体)とは区別されます。法定刑が「10年以下の拘禁刑」とされていることも、2項詐欺罪と同一構造です。罰金刑が法定されなかった点については、単に財物を持ち去る行為(万引きなど)と比べて、電子計算機の機能を悪用する点に知能犯的な性質があり犯情がより重いと位置づけられたものと読み取ることができます。
もっとも、この条文文言が直接示しているのは、本罪と詐欺罪(246条)との補充関係に留まる点には注意が必要です。本罪と窃盗罪(235条)との関係は、この文言から直接導かれるわけではありません。両罪の関係を導くためには、本条の立法経緯(窃盗罪と詐欺罪のいずれでも捕捉できない処罰の間隙を埋めるための補充規定として設計されたこと)と、これを反映した学説の整理が必要となります。次章で詳しく検討します。
第3章 窃盗罪と電子計算機使用詐欺罪の区別基準
3-1 窃盗罪と電子計算機使用詐欺罪との優先関係
窃盗罪と電子計算機使用詐欺罪の関係を整理するにあたって、まず両罪が成立する典型的な場面を確認します。
窃盗罪は、「他人の財物」の窃取を構成要件とします。財物の占有が、占有者の意思に反して行為者に移転する事案がその典型です。客体は「財物」に限定され、財産上の利益のみを取得する事案(いわゆる利益窃盗)は処罰の対象となりません。
電子計算機使用詐欺罪は、「人の事務処理に使用する電子計算機」に虚偽情報を与えるなどの方法で「財産上不法の利益」を取得することを構成要件とします。客体は財産上の利益に限られ、財物ではありません。本罪が想定する典型事例は、預金残高の不正な数字操作、テレホンカードによる通話役務の取得、ETC料金システムの不正利用などです。これらは、いずれも財物の取得とは別個に利益の取得が観念される事案であり、しかも対人欺罔がない(機械を介する)ために詐欺罪では捕捉できない事案です。
このように両罪の構成要件は本来別個の場面を念頭においていますが、本稿が扱うバーコード貼替事案では、同一の行為とその結果について、評価の仕方を二様に組み立てることが可能となります。すなわち、(i)200円の食パン1点が店外に持ち出されたという財物取得の側面を捉えれば窃盗罪が成立し、(ii)190円分の支払いを免れたという差額利益取得の側面を捉えれば電子計算機使用詐欺罪が成立するように見えます。
ここで決定的に重要なのは、両罪の構成要件を二様に充足するように見える場合、補充規定として設計された電子計算機使用詐欺罪は、窃盗罪に対して劣後するという立法者の意思です。
第2章で見たとおり、本罪は窃盗罪と詐欺罪のいずれでも捕捉できない処罰の間隙を埋めるための補充規定として新設されました。窃盗罪で捕捉できる事案は、もともと処罰の間隙ではなく、本罪の射程外です。したがって、同一の行為とその結果を利益取得として再構成することによって本罪の構成要件を充足するように見せかけることができたとしても、窃盗罪が成立する以上、補充類型である本罪は適用される必要がない——これが補充関係の論理的帰結です。
この論理は、両罪が同時に成立する場面を本来想定していないという立法者の意思とも整合的です。両罪が成立しうる場面を意図的に作出するならば、立法者は両罪の関係を観念的競合や牽連犯として整理する条文構造を採用したはずですが、現実の刑法はそのような構造をとっていません。
3-2 山中純子説——『AI時代の詐欺罪』362頁
学説上、この点を明確に整理しているのが山中純子先生の所論です。山中純子「15.窃盗罪と詐欺罪・電子計算機使用詐欺罪との限界」長井圓編著『AI時代の詐欺罪』(信山社、2025年)362頁は、次のように述べています。
客体として「財物」が存在する以上、実質的な損害が半額分の差額のみであるように思われても、財物を対象とする犯罪を検討するのが原則である。…事例のように、「財物」を取得した場合、同時に「財産上の利益」を得ていると評価できる場合もあるが、両罪を満たす場合には、「財物」を客体とする窃盗罪が優先する
この見解は、まさにバーコード貼替型の事案を念頭においたものと読むことができます。「実質的な損害が半額分の差額のみであるように思われても」という留保は、警察公論が依拠している「190円の差額」という捉え方を意識した記述と理解できます。山中先生は、形式的な損害額の見え方にとらわれず、財物を客体とする犯罪を検討するのが原則であると明言しています。
3-3 仲道祐樹説への山中先生からの反論と評価
山中論文の脚注では、仲道祐樹先生の見解が紹介されています。仲道説は、窃盗が未遂に終わった場合等に電子計算機使用詐欺罪の既遂が問題となる場合がありうるとする立場と整理されています。
これに対し、山中先生は次のように反論しています。
仲道祐樹…は、窃盗が未遂に終わった場合等に電子計算機使用詐欺罪の既遂が問題となる場合がありうると述べるが、財物取得を目的とした窃盗の実行の着手が認められる以上、通常は窃盗未遂罪で問擬されるだろう
この反論は、窃盗罪の実行の着手が認められる事案であれば、未遂段階であっても窃盗未遂罪で捕捉されることを指摘するものです。バーコード貼替行為が、それ自体として窃盗罪の実行の着手と評価できるか否かは別途の論点ですが、すくなくとも、窃盗罪としての擬律が可能な領域において、電子計算機使用詐欺罪を持ち出す必要はないという立場を明確にしています。
3-4 補充関係を明示する学説
両罪が補充関係に立つことを明示する学説は複数あります。
松宮孝明『刑法各論講義』(成文堂、2024年)283頁は、電子計算機使用詐欺罪について「詐欺罪や窃盗罪とは補充関係に立ち」と明確に述べています。両罪のいずれかが成立する場面では、電子計算機使用詐欺罪は適用されないという理解が、ここに明示されています。
また、大塚裕史・十河太朗・塩谷毅・豊田兼彦『基本刑法Ⅱ──各論〔第4版〕』(日本評論社、2024年)259頁は、より直截に次のように述べています。
窃盗罪が成立するときには、補充類型である電子計算機使用詐欺罪を問題とする必要はない
この記述は、本稿の核心命題そのものです。「補充類型である」という性質決定と、「窃盗罪が成立するときには」という条件設定、そして「問題とする必要はない」という帰結が、いずれも明確に示されています。
理論的な土台として、法条競合の定義については高橋則夫『刑法総論〔第5版〕』(成文堂、2024年)557頁が参考になります。同書は法条競合を次のように定義しています。
1個の行為が、いくつかの構成要件に該当するような外観を有しているが、実はそのうちの1つの構成要件に該当することによって、他の構成要件が当然に排除される場合
高橋先生は本件(セルフレジでのバーコード貼替事案)について具体的な擬律判断を示しているわけではありませんが、法条競合のうち補充関係の理論的定義を提供しており、松宮先生・大塚先生らの実体的判断と組み合わせることで、補充関係説の理論的構造を明確に提示することができます。
3-5 実行の着手——窃盗罪の着手肯定により電子計算機使用詐欺罪の未遂は問題とならない
実行の着手をめぐる論点について、本稿の立場からは詳細な検討の必要はありません。なぜなら、窃盗罪としての擬律を採用する以上、窃盗罪の実行の着手を肯定することにより、補充類型である電子計算機使用詐欺罪の未遂を問題とする必要はないからです。
両罪が補充関係にあることは前項までで確認したとおりです。補充関係に立つ両罪のうち、本来の罪(窃盗罪)の実行の着手が認められる以上、補充類型である電子計算機使用詐欺罪は適用の余地を持ちません。これは大塚裕史ほか『基本刑法Ⅱ』259頁の「窃盗罪が成立するときには、補充類型である電子計算機使用詐欺罪を問題とする必要はない」という記述の論理的帰結でもあります。
なお、バーコード貼替行為自体を窃盗罪の実行の着手と評価するか、セルフレジでのスキャン行為を実行の着手と評価するかは別途の論点となりますが、本稿の核心である擬律判断の整理には直接の影響を及ぼしません。いずれの時点を着手と捉えるとしても、窃盗罪としての擬律の枠内で処理される問題だからです。
第4章 事案への当てはめ
4-1 バーコード貼替型における財物の存在
ここまで整理してきた区別基準を、警察公論が想定する事例に当てはめます。
事例の事実関係は次のとおりです。販売価格200円の食パン1点が現に店内に陳列されていた。被疑者は、別商品である駄菓子のバーコードを剥がし、これを食パンに貼り付けた。被疑者は、貼り替えた駄菓子のバーコードをセルフレジでスキャンし、10円を支払って店外に持ち出した。
この事実関係において、客体としての「財物」は明らかに存在しています。すなわち、200円の食パン1点が現に店内に陳列されており、それが被疑者によって店外に持ち出されているのです。占有の移転も観念できます。店舗側が食パンの占有を移転することを意思していたのは「200円の支払いと引き換えの場合」に限られており、10円の支払いと引き換えに食パンの占有が移転することを意思していなかったことは明らかだからです。
したがって、本件は窃盗罪の構成要件を充足する事案です。具体的には、(i)他人(店舗)の財物(食パン)について、(ii)他人の意思に反する占有移転があり、(iii)被疑者は財物を不法に領得する意思をもってこれを行った、という構造が成立しています。
4-2 警察公論の事例の検討
警察公論が示した被疑事実は、上記の事実関係を、サーバーコンピュータへの虚偽情報送信および不実の電磁的記録作出として再構成し、「190円の差額」を財産上不法の利益として捉えるものでした。これは、第3章で整理した「利益取得」側面からの評価を採用した擬律ということになります。
この評価それ自体が形式的に成り立つこと自体は否定できません。すなわち、被疑者の貼替行為によって、サーバーコンピュータには確かに「販売された商品は駄菓子1点である」旨の不実の電磁的記録が作出されており、被疑者は190円分の支払いを免れているとも評価できます。利益取得という側面に着目する限り、利益窃盗が処罰されない(窃盗罪不成立)こと、機械相手であって対人欺罔がない(詐欺罪不成立)ことから、消去法的に電子計算機使用詐欺罪の構成要件該当性が浮かび上がるという論理が成り立つように見えるわけです。
しかし、ここで見落とされているのは、同一の行為とその結果を財物取得の側面から評価すれば、何の躊躇もなく窃盗罪が成立するという点です。200円の食パン1点が現に存在し、店舗側の意思に反してその占有が被疑者に移転している事実は、利益取得側面からの再構成によっても消失するわけではありません。
そうすると、本件は両罪の構成要件を二様に充足するように見える事案——すなわち、第3章で整理した両罪の優先関係が問題となる場面——に位置することになります。この場面における両罪の優先関係は、本稿で見たとおり、窃盗罪が優先し、補充類型である電子計算機使用詐欺罪は適用の余地を持ちません。
警察公論の捉え方の問題点を整理すると、次の3点に集約できます。
第一に、財物(食パン1点)が現に存在しその占有が意に反して移転されているという「財物取得」側面の事実関係から目をそらし、「差額190円」という「利益取得」側面のみに着目している点です。財物が現に存在する以上、まず財物を客体とする犯罪を検討すべきとする山中純子先生の指摘(『AI時代の詐欺罪』362頁の「客体として『財物』が存在する以上、実質的な損害が半額分の差額のみであるように思われても、財物を対象とする犯罪を検討するのが原則である」)は、まさにこの点を述べたものです。
第二に、立法経緯において電子計算機使用詐欺罪が想定していた典型事例(窃盗罪と詐欺罪のいずれでも捕捉できない事案)と、本件のような窃盗罪で捕捉できる事案とを区別せず、後者にまで本罪を拡張している点です。これは、本罪を「処罰の間隙を埋めるための補充規定」として設計した立法者の意思を超えた拡張解釈です。
第三に、両罪が形式的に成立しうるように見える場面における優先関係(補充関係)の処理が見過ごされている点です。補充関係を明示する松宮孝明先生『刑法各論講義』283頁・大塚裕史先生ほか『基本刑法Ⅱ』259頁の整理を踏まえれば、両罪の構成要件を二様に充足するように見える本件のような事案であっても、窃盗罪が成立する以上、補充類型である電子計算機使用詐欺罪を問題とする必要はないという結論となります。
4-3 結論——窃盗罪のみが成立する
以上の検討から、セルフレジでバーコードを貼り替えた本件事案については、窃盗罪(刑法235条)のみが成立し、電子計算機使用詐欺罪(同246条の2)は成立しないという結論が導かれます。
この結論を支える論証の骨格は、次のように整理できます。第一に、窃盗罪は財物の占有移転がある事案を捕捉する罪です。本件では、200円の食パン1点が現に存在し、店舗側の意思に反してその占有が移転している以上、窃盗罪が端的に成立します。第二に、警察公論が採用するように「190円の差額」を利益取得として再構成すると、利益窃盗の不可罰性ゆえに窃盗罪は消極となり、機械相手であって対人欺罔がないために詐欺罪も消極となって、消去法的に電子計算機使用詐欺罪の構成要件該当性が浮かび上がります。第三に、しかし同一の行為とその結果は窃盗罪でも捕捉できる以上、両罪の構成要件を二様に充足するように見える場面となり、ここで補充関係の処理が必要となります。第四に、電子計算機使用詐欺罪が窃盗罪と詐欺罪の間隙を埋めるための補充規定として設計されたという立法経緯、および補充関係を明示する松宮・大塚らの学説によれば、窃盗罪が成立する以上、補充類型である電子計算機使用詐欺罪は適用の余地を持たないという結論となります。
警察公論の示唆する電子計算機使用詐欺罪での擬律は、これらの論理に照らして適切でなく、被疑者・被告人の側からは、起訴前段階で擬律判断の是正を求める働きかけが必要となります。
第5章 実務的帰結——なぜ擬律判断が実務上重要となるか
5-1 電子計算機使用詐欺罪に罰金刑がない
第1章で簡略に触れた点を、より詳細に整理します。電子計算機使用詐欺罪の法定刑は「10年以下の拘禁刑」のみであり、罰金刑は法定されていません。これに対し、窃盗罪の法定刑は「10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」です。
この法定刑構造の違いは、警察段階・検察段階のいずれにおいても手続選択に影響を及ぼします。
警察段階では、軽微な窃盗罪については検察官送致を経ない微罪処分が選択肢となる場合があります。微罪処分は、検察官があらかじめ指定した事件について警察限りで処理する制度であり、被害金額が軽微・被害弁償済み・初犯などの要件を満たす窃盗事件であれば実務上の運用例があります。これに対して、電子計算機使用詐欺罪はその性質上、微罪処分の対象として扱われない可能性が高く、必ず検察官に送致されることが想定されます。
検察段階では、罰金刑が法定されていない罪について検察官が選択できる処分は(i)不起訴、(ii)公判請求(正式裁判の請求)に限られ、略式命令の請求はできません。これは刑事訴訟法461条が「簡易裁判所は…100万円以下の罰金又は科料を科することができる」と規定し、略式手続が罰金・科料の言渡しを対象とすることに対応しています。
したがって、電子計算機使用詐欺罪で起訴される場合、その時点で公判請求が確定的となります。被疑者にとっては、公開の法廷での審理、起訴後の長期化、弁護士費用の増加、家族・職場への影響など、相当の負担を覚悟しなければなりません。
5-2 公判請求と略式命令の分かれ目
窃盗罪での擬律であれば、事案の内容に応じて略式命令による罰金処分の余地があります。さらに進んで、バーコード貼替型の万引きで被害金額が軽微(数百円〜数千円程度)であり、初犯であって示談が成立しているような事案では、検察官の最終判断にはなりますが、概ね不起訴処分(起訴猶予)となるのが通常です。少なくとも、略式命令による罰金で終了することは実務的に十分にあり得る帰結といえます。
略式命令と公判請求の差は、被疑者の社会生活への影響として極めて大きいものがあります。
略式命令では、公開の法廷は開かれません。被疑者は、検察官から略式手続の説明を受け、これに同意する旨の書面に署名押印したうえで、裁判所から略式命令書(罰金額が記載された書面)を受け取り、罰金を納付して終了します。被疑者は法廷に出頭する必要がなく、傍聴人や報道機関の目に触れることもありません。社会生活への影響は最小限に抑えられます。
これに対し、公判請求された場合、被疑者は被告人として法廷に出頭し、検察官の起訴状朗読、被告人質問、証拠調べ、論告求刑、最終陳述といった手続を経て判決を受けることになります。第1回公判から判決まで、複数回の期日が設けられ、トータルで数か月を要することが通常です。被告人の生活設計、家族関係、職場への対応にも持続的な影響が生じます。
擬律判断は、この決定的な分岐点をどちらに振るかを左右する判断にほかなりません。
5-3 前科の質・社会復帰への影響
略式命令による罰金処分も、公判請求による有罪判決も、いずれも前科として記録に残る点では同じです。「罰金だから前科にならない」「略式だから処分が軽い」という認識は誤りであり、罰金以上の有罪判決を受ければ前科となります。
そのうえで、処分の重さという観点からは、両者の間に相応の差があります。略式命令による罰金は、書面手続による処分であり、公判は開かれません。これに対し、公判請求の結果として言い渡される有罪判決は、たとえ執行猶予付き拘禁刑であっても、法廷での審理を経た処分として位置づけられます。判決書には事実認定と量刑理由が記載され、捜査機関・裁判所のデータベースに恒久的に記録されます。
また、量刑面でも違いが現れます。略式命令では事案の内容に応じた罰金額が言い渡されますが、これは被疑者の経済力や事案の悪質性を踏まえた一定の幅の範囲内に収まります。公判請求された事案では、求刑と判決の幅がより広く、執行猶予付き拘禁刑(典型的には1年〜2年程度)が言い渡される可能性も現実的なものとなります。
さらに、職業との関係でも差が生じます。一部の国家資格や公務員職では、拘禁刑以上の刑に処せられたことが絶対的欠格事由として定められているものがあり、執行猶予付きであっても影響が及ぶ可能性があります。これに対して罰金処分の場合は、絶対的欠格事由には該当しないものが多いものの、看護師(保健師助産師看護師法9条1号)など、罰金以上の刑に処せられたことを相対的欠格事由とする資格もあり、これらの資格との関係では罰金であっても審査対象となります。罰金であれば資格関係に一切影響しないと考えるのは誤りで、ご自身の資格・職業との関係は個別に確認する必要があります。
このように、擬律判断のひとつの違いが、被疑者の人生に対して幅広い影響を与えるという認識が、刑事弁護人には不可欠です。
第6章 捜査機関への意見書
6-1 意見書を出す意義と提出時期
電子計算機使用詐欺罪での立件が想定される事案において、弁護人として最も早く取り組むべき活動の一つが、捜査機関への意見書の提出です。意見書とは、弁護人の見解を書面の形でまとめ、検察官(または送致前段階では警察官)に提出する文書です。
意見書を出す意義は次の4点に整理できます。
第一に、捜査機関は事案を電子計算機使用詐欺罪として整理し、被疑事実を構築する作業の途中にあります。この時点であれば、擬律判断の枠組み自体を変更する余地が残されています。送致前であれば警察官に対して送致罪名の検討を促し、送致後であれば検察官に対して起訴罪名(または不起訴・略式命令の選択)に影響を与えることができます。
第二に、勾留請求がなされた事案では、勾留決定を判断する裁判官に対しても意見書を届けることができます。たとえば、本来は窃盗罪として整理されるべき事案が電子計算機使用詐欺罪として送致されているという認識は、罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれの判断にも影響を及ぼしうる事情です。送致罪名のまま犯情を評価して勾留の必要性を判断することは適切でなく、まずは擬律の正確性を踏まえたうえで勾留の必要性を検討してほしい——このような働きかけは、勾留請求却下や勾留決定への準抗告において意味を持ちます。
第三に、書面の形で論証を残すことには、口頭でのやりとり以上の説得力があります。検察官・裁判官は多忙であり、口頭の主張は記憶に残らず、引継ぎにも生かされにくいのが実情です。書面であれば、担当者個人を超えて組織的検討に乗せることができます。
第四に、意見書を提出するという行為自体が、弁護人の本気度・準備の深さを示す機能を果たします。事案の理論的検討が深いことを示すことで、捜査機関・裁判所の側にも「軽々に処分できない事案」という認識を持たせることが可能です。
提出時期は、できる限り早期が望ましいといえます。具体的には、(i)逮捕事案であれば勾留請求前・勾留質問前または勾留決定後の早い段階、(ii)在宅事案であれば送致前、または送致後の検察官による処分判断前、というのが基本的な目安です。
特に逮捕事案では、勾留の可否・延長の可否、その後の処分の選択肢に直接影響を与えうるため、できる限り早い段階での提出が望まれます。
6-2 意見書の構成
意見書の基本的な構成は、(i)事案の整理、(ii)擬律についての検討、(iii)事案への当てはめ、(iv)結論、という4段階で組み立てます。
(i)事案の整理では、事実関係を時系列で整理し、捜査機関の認識と齟齬がないかを確認します。事実関係に争いがある事案では、認否を明確にしたうえで、争いのない事実を中心に整理します。バーコード貼替型の事案では、貼替時刻、店舗内での動線、レジでのスキャン状況、商品の持ち出し状況などを整理します。
(ii)擬律についての検討では、本稿の第2章〜第3章で整理した内容、すなわち電子計算機使用詐欺罪の立法経緯、補充規定としての性質、窃盗罪との関係を提示します。文献の引用は、補充関係を明示する松宮先生・大塚先生らの記述を中核に据え、財物の客体性を重視する山中先生の論述を補強として用いるのが効果的です。
(iii)事案への当てはめでは、本稿の第4章で整理した内容、すなわち本件事案には財物が客体として存在し、窃盗罪が成立すること、補充関係により電子計算機使用詐欺罪は適用の余地がないこと、を当てはめとして書きます。
(iv)結論では、本件は窃盗罪として擬律されるべきであり、電子計算機使用詐欺罪での立件・起訴は適切でないという結論を明示します。あわせて、罰金刑の余地がある窃盗罪としての処理を求める旨を付記します。
6-3 提出方法
意見書の提出方法は、FAX送信と電話連絡を組み合わせるのが実務上の基本です。担当検察官・担当裁判官あてに事件番号を明示してFAXを送り、送信後に電話で送付済みである旨を伝えるのが通例です。事案の重大性や個別の事情によっては郵送・直接持参の選択肢もありますが、対面でのやり取りは滅多にありません。実際の提出方法・タイミング・記載内容は、事案ごとに弁護人が判断します。
第7章 セルフレジ万引きの発覚経緯と早期着手の意義
7-1 発覚の蓋然性
セルフレジでのバーコード貼替型万引きは、発覚しにくいと考えている方が見受けられますが、実際にはそうではありません。むしろ、複数の独立した経路から発覚する蓋然性が高いのが実情です。
第一に、セルフレジ端末自体に防犯カメラが設置されているのが通常です。商品スキャン時の手元の動き、スキャンする商品と袋詰めされる商品の不一致など、貼替の事実を示す映像が記録されている可能性が高いといえます。
第二に、店舗側のシステムは、レジ通過後の商品の重量を比較するなどの異常検知機能を備えていることがあります。10円の駄菓子のバーコードがスキャンされたにもかかわらず、レジ袋に200gの食パンが入れられている状況は、システム上の異常として記録される可能性があります。
第三に、決済方法によっては、被疑者の個人情報がレジ端末に紐づけられています。電子マネー、クレジットカード、QRコード決済、ポイントカードの利用があれば、決済時点で個人を特定する手がかりが店舗側に残ります。
第四に、店内には防犯カメラが多数設置されており、被疑者の顔・服装・行動が録画されている可能性が高いといえます。バーコードを剥がし取る動作、別商品に貼り付ける動作、レジでのスキャン動作のいずれもが映像として残っている可能性があります。
第五に、店先の防犯カメラが車両を撮影している場合、ナンバープレートから所有者を特定することが可能です。被疑者が自家用車で来店した場合、車内に乗り捨てた商品や、車両自体の登録情報から、警察による身元特定が比較的容易になります。
第六に、面割りの蓋然性も高いといえます。地域の常連客、近隣住民、店員の認識など、人による身元特定の経路も併存します。
これらの要素を組み合わせると、「セルフレジだからバレない」という認識は事実に反することがわかります。発覚は時間の問題であることが通常で、被疑者・被告人が処分前段階で取りうる選択肢を早期に検討することが重要となります。
7-2 自首・被害弁償の意義
発覚の蓋然性が高い事案では、捜査機関による発覚を待つよりも、自首と被害弁償を早期に行うことが、被疑者にとって有利な処分を引き出すうえで決定的に重要となります。
自首(刑法42条1項)は、犯罪事実が捜査機関に発覚する前に、自ら捜査機関に申告して処分を求める行為です。自首が成立すれば、刑が必要的に減軽される(刑法42条1項)ものではありませんが、量刑上の重要な情状として考慮されます。実務上は、起訴・不起訴の判断や処分の軽重に相当の影響を及ぼします。
ただし、自首の成立には「犯罪事実が発覚していないこと」が前提となります。すでに店舗側が警察に通報している、または被疑者の身元が捜査機関に特定されている場合には、自首とはなりません。したがって、自首を選択する場合には、できるだけ早い段階で動く必要があります。
被害弁償は、店舗側に対する被害金額の弁償です。本件のようなバーコード貼替事案では、(i)実際に支払われた金額(10円)と本来支払われるべき金額(200円)の差額(190円)を弁償するか、(ii)商品の対価全額(200円)を弁償するか、(iii)逸失利益・調査費用等を含めた包括的な弁償をするか、というように、弁償の範囲については店舗側との協議が必要となります。
弁護士が窓口となって弁償と謝罪を行い、店舗側から宥恕の意思表示(処罰を求めない旨の意思)を得ることができれば、これは処分判断において極めて有利な情状となります。宥恕を得るためには、単に金銭を支払うだけでなく、再発防止策(家族による監督、心療的アプローチの開始、店舗への接近禁止の誓約など)を併せて示すことが効果的です。
自首・被害弁償・宥恕の三点セットが揃った事案では、窃盗罪としての擬律であれば不起訴処分または略式命令による罰金処分となる可能性が現実的に高まります。逆に、電子計算機使用詐欺罪での擬律のままでは、これらの努力にもかかわらず公判請求を免れないという結果になりかねません。だからこそ、本稿第6章で論じた擬律是正のための意見書活動が、これら自首・被害弁償・宥恕の努力と並走する必要があるわけです。
7-3 メインの弁護活動との関係
セルフレジ万引き事案における弁護活動全体を見通すと、本稿で論じた意見書による擬律是正は、メインの弁護活動の一部を構成するものであり、他の弁護活動と並走する必要があります。
メインの弁護活動として優先順位の高いものは、(i)身柄解放(逮捕事案の場合)、(ii)示談交渉(在宅・逮捕共通)、(iii)情状立証の積み上げ(治療受診・家族監督・再発防止計画など)、の3点です。それぞれの活動内容については、刑事弁護全般を扱う別記事で詳述する予定です。
本稿が論じた擬律是正のための意見書活動は、これら3点と並走する第4の活動として位置づけられます。意見書活動は、起訴罪名そのものを変更させようとする活動であり、その成否は刑事処分の枠組みそのものを左右します。同時に、メインの弁護活動の効果(示談・情状立証など)を最大化する条件としても機能します。
実務的には、逮捕事案であれば、(i)逮捕直後の接見と身柄解放活動を最優先で動かしながら、(ii)勾留期間中に意見書の準備と擬律論の整理を進め、(iii)勾留延長の判断時または検察官の処分判断の前に意見書を提出する、というタイムラインで動きます。在宅事案であれば、(i)送致前の早い段階で被害弁償と意見書提出を並行して行い、(ii)送致後は検察官との対話を通じて処分判断に影響を与える、というタイムラインになります。
いずれにしても、本稿で論じた意見書活動は、独立した完結する活動ではなく、刑事弁護全体の中で位置づけられるべき活動です。
まとめ
本稿は、セルフレジでバーコードを貼り替えた万引き事案の擬律判断について、警察公論2026年6月号21頁以降が示唆する電子計算機使用詐欺罪での擬律に対して、窃盗罪のみが成立するという結論を、複数の独立した根拠から論証してきました。
擬律判断の理論的整理として、まず窃盗罪と電子計算機使用詐欺罪の構造的な関係を確認しました。窃盗罪は財物の占有移転を伴う事案を、電子計算機使用詐欺罪は窃盗罪と詐欺罪のいずれでも捕捉できない処罰の間隙を埋める補充規定として、それぞれ別個の事案を念頭において設計されています。
そのうえで、バーコード貼替事案では、同一の行為とその結果について、(i)財物取得の側面(200円の食パン1点の占有移転)から評価すれば窃盗罪が成立し、(ii)利益取得の側面(190円の差額)から評価すれば電子計算機使用詐欺罪の構成要件該当性が浮かび上がる、という二様の評価が可能となります。
両罪の構成要件を二様に充足するように見える場面では、補充関係の処理が必要となります。(a)昭和62年改正による新設の立法経緯(処罰の間隙を埋めるための補充規定としての性質)、(b)補充関係を明示する学説(松宮孝明『刑法各論講義』283頁、大塚裕史ほか『基本刑法Ⅱ』259頁)、(c)財物を客体とする犯罪を優先する学説(山中純子『AI時代の詐欺罪』362頁)に照らせば、窃盗罪が成立する以上、補充類型である電子計算機使用詐欺罪は適用の余地を持たないという結論となります。
擬律判断の違いは、罰金刑の有無を分け、公判請求の可否を分け、被疑者・被告人の社会生活への影響の大小を分けます。この差は、純粋な理論問題にとどまらず、実務的に決定的な意味を持ちます。
刑事弁護人として最も早く動くべきフェーズは、起訴前段階での擬律是正の働きかけです。捜査機関への意見書による擬律論の提示、被害弁償と宥恕の獲得、自首の選択肢の検討、これらが並走することで、被疑者にとって最善の処分の可能性が開かれます。
「裁判例の蓄積を待つ」という消極的な姿勢ではなく、現時点で揃っている理論的根拠を最大限活用して、捜査機関の擬律判断に働きかけることが、本稿の核心的主張です。本稿が、同種事案を取り扱う実務家のレファレンスとして、また、セルフレジ万引きで検挙された方とそのご家族の不安を和らげる素材として、お役に立てれば幸いです。
参考文献
- 山中純子「15.窃盗罪と詐欺罪・電子計算機使用詐欺罪との限界」長井圓編著『AI時代の詐欺罪』(信山社、2025年)362頁
- 松宮孝明『刑法各論講義』(成文堂、2024年)283頁
- 大塚裕史・十河太朗・塩谷毅・豊田兼彦『基本刑法Ⅱ──各論〔第4版〕』(日本評論社、2024年)259頁
- 高橋則夫『刑法総論〔第5版〕』(成文堂、2024年)557頁
- 警察公論2026年6月号21頁以降
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監修: 代表弁護士 横山遼
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