令和8年司法試験 刑法の回答例|CBT形式で答案用紙8頁版の全文

責任能力が、新司法試験20年間で初めて正面から問われた。 問い方も39条2項の適用にとどまらない。「①行為と②行為の関係」「行為と責任の同時存在の原則の意義とその根拠」の二つの誘導により、行為の個数の画定が責任能力の処理経路を決めるという結節点を書かせる。本記事はCBT形式(30字×23行×8頁)の回答例を全文掲載し、各文がどの事実を使い、どこが規範でどこが評価かを3層マーキングで示す。

目次

第1 凡例

令和8年司法試験 論文式試験問題集〔刑事系科目〕(法務省・PDF。第1問が刑法)

下線=問題文の事実(逐語)/斜体=事実の評価/網掛け=規範

第2 回答例

〔設問1〕第1 甲の罪責

1 甲が、乙と共謀の上、殺意をもってAの頭部を鉄製フライパンで10数回にわたり激しく殴打するなどして、放置すれば死に至る脳挫傷を負わせ(②行為)、Aの死亡を誤信してAをスーツケース内に押し込みA車で搬送し(③行為)、よってAを同スーツケース内で窒息死させた行為につき、殺人罪の共同正犯(60条・199条)が成立する。②行為開始時に甲が心神耗弱であった点は、原因において自由な行為の法理により39条2項の適用が排除される。①行為による傷害は、同罪に包括して評価される。

⑴ 殺人罪の実行行為は、死亡結果発生の現実的危険性を有する行為であることを要する。①行為は、約3時間、断続的に腹立ち紛れに手拳で頭部を殴打し背部を足蹴りする素手の暴行で、傷害も頭部・背部打撲による皮下出血致命傷になり得ないものだから、死の現実的危険を欠き、殺人の「実行に着手」(43条本文)した行為に当たらない。②行為は、確定的な殺意をもって頭部や背部を思い切り足で踏み付け、重さ約1キロの鉄製フライパンで頭部を10数回激しく殴打するもので、枢要部への凶器による執拗な攻撃として死の現実的危険が優に認められる。そして、①行為はAがトイレに逃げ込み内側から施錠して終了し、甲乙は洋室に戻って飲酒を続け、午後10時30分頃から居眠りを始め犯行は約1時間中断した。②行為は、Aが隙を見て逃げ出そうとし台所で足がもつれて転倒した偶発的契機により場所も台所に移して開始され、態様は素手から凶器使用へ、主観は未必的殺意から確定的な殺意へ質的に転化した。これらの断絶に照らし、両行為を社会通念上1個の実行行為と評価することはできない。殺人の実行行為は②行為であり、①行為は殺人未遂罪を構成しない別個の行為である。

⑵ Aは死亡し、②行為との間の因果関係も認められる。Aはスーツケースごと積み込まれた時点では生きていたが、その密閉性が高かったため、搬送中の午後11時30分頃窒息死し直接の死因は②行為の脳挫傷ではなく、②行為と死亡との間に甲乙自身の③行為が介在する。因果関係は、実行行為の危険が結果へ現実化したかで判断する。行為者自身の介在行為が結果を直接惹起した場合も、介在行為が実行行為の危険性に誘発された通常の経過なら、因果関係が認められる。②行為はAに皮下出血・肋骨骨折による胸腔内出血に加え、放置すれば死に至る脳挫傷を負わせ、意識を失わせた殺意ある激しい暴行に及んだ者が、動かなくなった被害者の死亡を誤信し、発覚を免れるため死体処理に出ることは経験則上異常でない。現に乙は死亡を誤信して証拠隠滅の搬送・焼却を持ち掛け、甲乙は人目を避けるためAをスーツケースに押し込んで運び出し、午後11時20分頃から約50キロ離れた港へ搬送した。意識なく脱出も呼吸確保もできない瀕死の者を密閉容器で長距離搬送すれば、窒息死することも通常の経過である。死亡と誤信させる重篤状態を作出したのは②行為自体だから、②行為の危険が窒息死へと現実化したといえ、因果関係が認められる。

⑶ 甲乙は②行為時に打撃によりAを死亡させる因果経過を認識・認容した。現実には、Aは③行為の際の窒息で死亡し、経過が食い違う。殺人の故意(「罪を犯す意思」38条1項本文)は、危険が現実化したと評価できる因果経過により人が死亡することの認識で足り、ずれがその範囲内にとどまる限り、因果関係の錯誤は故意を阻却しない。また、故意は実行行為の時点に存在すれば足り、結果発生時まで存続することを要しない本件のずれは⑵のとおりその範囲内にあり、③行為時に甲乙がAの生存に気付かなかったことも故意の成立を左右しない。よって殺人の故意が認められる。

⑷ 「共同して犯罪を実行した」(60条)には、共謀(正犯意思を含む意思連絡)と、共謀に基づく実行行為を要する。甲乙は午後7時頃、Aが執拗に独立を主張したため殺意を覚え、死んでも構わないと暗黙のうちに意思を通じて共に暴行に及び(黙示の共謀)、午後10時過ぎ、甲が「Aを取り押さえてくれ。俺がボコボコに殴り付けて、二度となめた口がきけないようにしてやる。場合によっては死んでも構わねえ。」と申し向け、乙が「分かった。任せておけ。あんなやつ、死んでしまっても構わない。」と応じ取り押さえと殴打の役割分担を伴う明示の共謀が成立した。②行為の際、乙は事前の打合せどおりAの両足を押さえ付け、甲もこれに気付き、打合せどおり②行為を継続した。フライパンの使用は共謀時に明示されていない。共謀の内容は殺意を伴う激しい暴行の遂行であって手段の相違は本質的でなく、被害者・場所・機会・動機は同一で、死の結果まで認容されていた以上、凶器による殴打も共謀の射程内にある。よって甲乙は殺人罪の共同正犯となる。

⑸ 39条2項は「心神耗弱者の行為」の刑を必要的に減軽する。甲は②行為開始時に飲酒の影響で心神耗弱に至り、実行行為の全部が心神耗弱下の「行為」である。「行為と責任の同時存在の原則」の意義は、責任能力は実行行為の時点で存在しなければならない、という点にある。その根拠は責任主義にある。責任とは法的非難可能性であり、責任非難は、違法な行為をなすか否かの最終的な意思決定に向けられるところ、実行行為はその意思決定の外部的実現だから、非難の前提たる弁識・制御能力は原則として実行行為時に備わることを要する。この根拠を徹底すれば、①責任能力のある時点で犯罪遂行の最終的な意思決定がされ、②原因行為により能力の減退状態を自ら招き、③結果行為がその意思決定の実現過程と評価され、④故意が連続する場合には、実行行為時に能力が減退していても39条の適用は排除される。甲は①行為終了直後の共謀時にはなお完全責任能力を有し、役割分担と死の認容まで定めたこの共謀は殺人遂行の最終的な意思決定である(①)。甲は焼酎3合で他人を死亡させかねない暴力を振るう自己の酒癖を認識し、飲酒量が3合に達した後も飲酒を続け、心神耗弱を自ら招いた(②)。②行為開始の偶発性(Aの転倒)は、行為の個数を分ける事情にとどまる。②行為は共謀が予定した場面・段取りの中で、打合せどおりの役割分担で遂行され居眠りは待機の一態様、冷蔵庫の扉への頭部強打による激怒・興奮も従前の怒りを枠内で強めたにすぎず、意思決定の連続性は切断されていない(③)。未必的殺意は同一の被害者・動機のまま確定的な殺意へ確定化し、故意も連続する(④)。よって39条2項の適用は排除され、甲に完全な責任を問い得る。

⑹ ①行為は、黙示の共謀(前記⑷)に基づく共同の暴行によりAに皮下出血を負わせ、傷害罪の共同正犯(60条・204条)に該当する。Aは死亡しているが、①行為の傷害は致命傷になり得ないもので、死因は②行為の危険が現実化した窒息死だから、傷害致死罪は成立しない罪名の異なる数個の罪も、法益侵害の同一性と時間的・場所的近接性があり、1個の意思に貫かれているときは、軽い罪が重い罪の刑に吸収される。①②は同日午後7時から11時10分の間、甲方内で行われ、被害者もAの生命・身体という法益も同一、殺意も前記⑸のとおり1個の意思に貫かれているから、①行為の傷害は殺人罪の刑に吸収され、別罪を構成しない。「出て来い、裏切り者。ぶっ殺してやる。」との脅迫的言動も殺人罪に吸収される。③行為は、客観的には生存するAを閉じ込める「監禁」(220条)に該当し得る。甲乙はAの生存に気付かず生きている「人」を監禁する認識を欠き故意がないから、監禁罪は成立しない。以上より、甲には殺人罪の共同正犯一罪が成立する。

第2 乙の罪責

1 乙が、甲と共謀の上、②行為の間、事前の打合せどおりAの両足を押さえ付けて逃走を防ぎ、よってAを窒息死させた行為につき、殺人罪の共同正犯(60条・199条)が成立する。

⑴ 共謀の成立とその射程は、前記第1・⑷のとおりであり、乙はその当事者である。乙は、直前に逃げ出そうとしたAの両足を両手で押さえ付け逃走・抵抗を封じて甲の殴打を確実にする不可欠の寄与をし、共謀に基づく実行行為を分担した(実行共同正犯)。実行行為・死亡結果・因果関係は前記第1・⑴⑵のとおりである。

⑵ 乙は、Aに激しい怒りを感じ、「死んでしまっても構わない。」と述べてAの死を認容した殺意のまま分担を遂行しており、故意がある。因果関係の錯誤が故意を阻却しないことは前記第1・⑶のとおりである。③行為の搬送も乙が主導し、②行為の危険が結果へ現実化する経過を担った

⑶ 責任能力は行為者ごとに判断される。乙は終始、完全責任能力を有し、39条は問題とならない。①行為の傷害罪と殺人罪への包括評価、監禁罪の不成立は甲と同じである(前記第1・⑹)。以上より、乙には殺人罪の共同正犯一罪が成立する。

〔設問2〕第1 甲及び乙の罪責

1 甲及び乙が、共謀の上、乙がA車に灯油約2リットルを撒き、甲が火の点いたハンカチを投げ入れて火を放ち、他人(Aの相続人)所有のA車を全焼させ、よってC車及びゴミ集積場に延焼の危険を及ぼし公共の危険を生じさせた行為につき、いずれも建造物等以外放火罪の共同正犯(60条・110条1項)が成立する。

⑴ 自動車であるA車は108条・109条所定の物のいずれでもない。110条2項は「前項の物が自己の所有に係るとき」に軽い法定刑を定めるから、所有関係が1項と2項を分ける。A車はAが自ら所有する自動車であり、Aの死亡により所有権は相続人に承継され(民法882条・896条)、甲乙の所有になく、所有者の承諾もない。よって、A車は、他人の所有に係る「前二条に規定する物以外の物」に当たり、110条1項の客体となる。

⑵ 「放火」とは、目的物の焼損を惹起させる行為をいう。共同正犯の要件は前記設問1第1・⑷のとおりである。甲乙は、乙が「A車ごとAの死体を燃やしてしまおう。」と持ち掛け、甲が応じて共謀を遂げた。その上で、死体を後部座席に横たえ、乙が灯油約2リットルを運転席・助手席に撒き、甲が点火したハンカチを運転席に放り投げた。引火性の高い灯油の散布とこれへの点火は、いずれも焼損を惹起する行為であり、甲乙は共謀に基づき一個の「放火」の実行行為を分担した実行共同正犯である。「焼損」とは、火が媒介物を離れ、目的物が独立して燃焼を継続し得る状態に至ることをいう。火は運転席シートから助手席・後部座席シートに燃え移り、A車は全焼したから、「焼損」に当たる。

⑶ 110条1項は「よって公共の危険を生じさせた」ことを要する具体的公共危険犯である。「公共の危険」は、108条・109条1項の建造物等への延焼の危険に限られず、不特定又は多数の人の生命・身体又は建造物等以外の財産に対する危険を含む。放たれた火力は制御が困難であり、危険は建造物等への延焼に限らず生じ得るからである最寄りの建造物まで約25メートルあり建造物への延焼の危険は生じず、現場は深夜午前1時の人がいない駐車場で、駐車車両もC車のみである。火炎は車外に及び屋根上から高さ約2メートル・幅約50センチに達し西へ約3メートルにC所有の無人自動車が、東へ約2メートルには可燃性ゴミ約300キロのゴミ集積場があり、現にC車とゴミ集積場に延焼の危険が及んだC車は無関係の第三者がたまたま駐車した車両で、その存在には偶然性があるから、危険は「不特定」の人の財産に及ぶ。大量の可燃性ゴミに延焼すれば火勢は拡大するところ、漁業関係者が深夜帯にも出入りし得る以上、不特定の者の生命・身体にも危険が及びかねない。よって「公共の危険」の発生が認められる。

⑷ 「よって公共の危険を生じさせた」との文言上、公共の危険は結果的加重犯の加重結果に準じ、故意の対象外であって、その発生の認識は不要である。目的物焼損の認識があれば公共の危険の予見可能性も随伴し、責任主義に反しない。甲は他人所有のA車を燃やすことを認識・認容して自ら点火しC車やゴミに燃え移るかもしれないと思ってもいた。乙はA車を燃やすことを認識・認容した一方、火がC車等に燃え移るとは思っておらず、公共の危険発生の認識を欠く。よって、甲乙の故意はいずれも欠けるところがない

⑸ 放火の共謀時、甲はなお心神耗弱であった。同時存在の原則(設問1第1・⑸)により、責任能力は実行行為時に存在すれば足りる。甲は乙に起こされて点火に及んだ時点では酔いが覚め、完全責任能力を回復しており、実行行為は完全な意思決定に基づくから、39条は適用されない。乙は終始、完全責任能力を有した。

⑹ A車の焼損は110条1項の罪で評価し尽くされ、器物損壊罪(261条)は成立しない。死体焼損の点は除外指定による。以上より、甲及び乙には、それぞれ建造物等以外放火罪の共同正犯一罪が成立し、設問1の殺人罪と併合罪(45条前段)となる。

以上(5314字・8頁目22行)

第3 記事の構成

本年度の解説は3部構成とし、順次公開する。

内容ねらい状態
①CBT回答例30字×23行×8頁の答案用紙に実際に収まる答案の全文試験時間内・答案用紙内で現実に書ける分量の上限を示す本記事(公開)
②完全解メリハリをつけず全内容をフルスペックで書いた版法的三段論法とトゥールミンモデル(主張・事実・論拠・裏付け・限定・反証)を徹底し、論証の骨格を余さず見せる準備中
③解説レジュメ答案例の構成に沿った論点解説各論点の「争いの根源」まで掘り下げ、学説・判例・当てはめの物差しを示す準備中

本記事の前提と更新

本記事は2026年7月時点の法令・判例に基づく。令和8年の出題趣旨・採点実感は未公表であり、公表後に内容を随時更新します。

参考文献

本コーナーは司法試験受験生向けの学習用解説です。実際の刑事事件のご相談は事務所トップページをご覧ください。

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この記事を書いた人

レナトス法律事務所 代表弁護士/埼玉県弁護士会所属(登録番号 第64945号)
刑事事件と交通事故被害者の民事を中心に、ご相談者おひとりおひとりに丁寧に向き合うことを大切にしています。前職のアトム法律事務所を経て、2026年4月に独立・レナトス法律事務所を開設しました。
取扱分野:刑事弁護/交通犯罪/薬物事件/性犯罪/暴行・傷害/交通事故被害者の民事/犯罪被害者支援(拡大予定)

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