はじめに——この記事の役割
示談とは、刑事事件や交通事故により生じた民事的紛争を、裁判等を用いず、当事者間での交渉で解決することを言います。本記事では、刑事事件における示談の役割や法的な効果、事件に与える影響等をレナトス法律事務所の視点から解説します。
示談という言葉は、交通事故・離婚・労働紛争など、日常生活のさまざまな場面でよく耳にする言葉です。テレビのニュースで聞いた言葉、ご家族や知人から聞いた言葉、弁護士のホームページで読んだ言葉。
刑事事件の場面でも、示談は重要な意味を持ちます。本記事は、刑事事件における示談を扱います。
もっとも、この言葉が刑事事件の中で実際に何を意味するのか、まとまった解説に出会う機会は意外と少ないものです。
この記事は、次のような疑問に答えるために書かれました。
- 示談ってそもそも何ですか
- 示談をすると、不起訴になりますか、刑が軽くなりますか
- 示談はした方がよいのですか、それともしない方がよいのですか
- 示談するなら、何をどの順番で進めればよいですか
- 弁護士は示談で何をしてくれるのですか
- 令和8年1月から始まった新しい制度で、示談の進め方は変わりますか
この記事の役割と限界も最初にお伝えします。
この記事でできることは、示談という営みの全体像を整理することです。条文・統計・公式手続といった断定できる事項は、できる限り正確にお伝えします。
この記事でできないこともあります。「示談すれば不起訴になる」「示談すれば刑が軽くなる」という保証はできません。検察官の判断や裁判官の心証は、弁護士ですら判決日まで分かりません。この点は本文の第2章で詳しくお話しします。
この記事を読み終えたとき、あなたが自分なりの判断をするための材料が手元にそろっている。それを目指して書きました。
1. 示談とは何か
あなたや家族が刑事事件に直面したとき、まず気になるのは「示談」という言葉の意味ではないでしょうか。実は、この言葉は法律の正式な用語ではありません。
示談は厳格な法律用語ではない
民法という法律には、「和解」という言葉があります。これは正式な法律用語です。しかし、「示談」という言葉そのものは、法律の条文には出てきません。
示談(じだん)
日常生活において、和解と非常に類似した意味において、「示談」という言葉がしばしば用いられるが、厳格な法律用語ではない。民事上の紛争を法律上の手段をとることなく、当事者の話し合いや第三者の仲介により解決して、互いに争いのない状態にしたことを確認する行為をひろく呼ぶ言葉として用いられている。したがって、民法の規定する和解と異なって、一方のみがその主張を放棄または縮減して、裁判によらずに解決することも示談と呼ばれる。
(我妻榮ほか『我妻・有泉コンメンタール民法[第8版]』日本評論社、2022年、1432頁)
この記述は、実務で参照される標準的な理解です。要するに、示談とは「当事者どうしの話し合いで、もめごとを終わらせる行為」のことを広く指します。
別の解説書では、もう少し短くこう言い換えられています。
「示談とは、当事者間の交渉によって紛争を解決することである。」
(園部厚『示談・調停・和解の手続と条項作成の実務〔改訂版〕』青林書院、2022年、7頁)
「和解」とどう違うのか
民法695条には「和解」が規定されています。和解は、当事者が互いに譲り合うこと(互譲)を要件とする契約です。
示談も、実際には被害者の側も実質的に譲っている側面があります。「赦せない気持ちを赦す方向に動かす」「賠償金の金額で譲歩する」など、被害者にとっても譲歩の要素は含まれます。その意味では、多くの示談は和解の一種と言えます。
ただし、示談という言葉そのものは、互譲を厳密に要件として問題にすることなく、裁判によらない当事者間の話し合いによる紛争解決を広く指すものとして使われます。示談は和解よりも広い概念 と理解しておけば足ります。
刑事事件における示談の特色
刑事事件の場面では、示談は単なる民事のもめごと解決にとどまりません。
加害者が示談金を支払い、被害者がそれを受け取る。被害者が「処罰を望まない」と表明する。被害届や告訴を取り下げる。こうした要素が一つの示談書に盛り込まれることが、実務では一般的です。
つまり、刑事事件の示談は、民事の解決と捜査・裁判への影響の両面を持っています。この両面性が、後の章で扱う「示談すると何が変わるのか」という問題を生みます。
示談は「契約」である
ここで重要な点として、示談は、口約束ではなく契約である、ということです。
契約というと堅苦しく聞こえますが、要するに「お互いに約束したことを守ります」という関係が法的に成立する、ということです。書面に署名すれば、その内容に従う義務が双方に発生します。
ですから、示談書の文言は、後から「こんなはずではなかった」とならないように、慎重に作る必要があります。一度署名した示談書を、後から「やっぱりなかったことにしたい」と言うことは、原則としてできません。
被害者にとっても、加害者にとっても、示談書は法的な効力を持つ書面です。だからこそ、弁護士が間に入って、お互いに納得できる条文を整える役割が大事になります。
2. 示談すると何が変わる?
あなたや家族が示談を考えるとき、最も気になるのは「示談したら不起訴になるか」「示談したら刑が軽くなるか」ではないでしょうか。この章では、この疑問に正直にお答えします。
親告罪などの例外がありますが、「示談すれば不起訴」「示談すれば執行猶予」と断定する記述は、正確ではありません。
断定できることと、できないこと
刑事事件には、外から確かめられることと、外から確かめられないことが混ざっています。
断定できることは、たとえばこういう事項です。
- 法律にどう書いてあるか(条文)
- 統計上、どのくらいの割合で起訴されているか
- 示談書ができたか、お金が支払われたか
- 公開されている裁判例が、どのような量刑で判断されているか
これらは、文献や記録を確認すれば検証できます。
ただし、ここで一つ大事な事実があります。裁判例として公開されている刑事事件は、全体の1%未満と言われています。
「毎日新聞2019年5月22日(東京朝刊)1面によれば、刑事事件の判決文が公開されるのは全体の1%未満である。」
(今井康介「刑事確定訴訟記録法の研究活用の提案-理論と実務の架橋に向けて-」山口厚=井田良編『高橋則夫先生古稀祝賀論文集[下巻]』成文堂、2022年、802頁注5)
つまり、ネット検索や判例集で見える裁判例は、ごく一部にすぎません。残り99%以上の判決は、裁判所の保管庫に眠っています。「公開判例にこういう傾向があるから、自分もこうなる」と単純に当てはめることが、いかに難しいかが分かります。
断定できないことは、こういう事項です。時系列順に並べると次のとおりです。
- 被害者が、宥恕(許すこと)に応じるかどうか
- 検察官が、個別の事案において、起訴と不起訴のどちらを選ぶか、そして何を理由に選ぶか
- 裁判官が、個別の事案において、量刑をどう決めるか、何を重視するか
これらは、判決や処分が下されるまで、弁護士にすら分かりません。
宥恕(ゆうじょ)
寛大な心で、罪を許すこと。
(新明解国語辞典 第八版、1591頁)
「示談すれば不起訴」はなぜ言えないのか
「示談すれば不起訴になります」という言い方は、断定できる事項(示談したという行為)と、断定できない事項(検察官の判断)を、まるで直結しているかのように記述する表現です。
しかし、検察官が示談を踏まえてどう判断するかは、その検察官の頭の中の問題です。弁護士からは断定できません。
ですから本記事では、こういう書き方は採りません。代わりに、次のように整理します。
- 示談という客観的な行動は、起訴か不起訴かの判断、そして量刑の判断に影響しうる事情として、これまで実務で扱われてきました。
- ただし、その判断がどう転ぶかは、個別の事案ごとに、検察官・裁判官の判断に委ねられます。
- 弁護士は、示談を踏まえた意見書を提出することはできますが、判断そのものを動かす権限は持ちません。
弁護士ですら結論が分からない
これは多くの方にとって意外かもしれません。
経験豊富な弁護士でも、「この示談が成立したから、必ず不起訴になる」「この示談だから、必ず執行猶予になる」と保証することはできません。同じような示談が成立しても、検察官の判断が変わることがあります。同じような事件でも、裁判官の量刑が変わることがあります。
この不確実性を読者と共有することが、本記事の重要な役割です。「示談すれば結果が決まる」というメッセージは、依頼者にとって心地よく聞こえますが、後で「話が違う」と感じる原因になります。
レナトス法律事務所は、この点について、最初から正直にお伝えする立場を採ります。
起訴・不起訴の判断はどのように行われるか
少し制度的な話を補足します。
刑事事件は、警察での捜査の後、検察官に送られます。検察官は、その事件を起訴するか、起訴しないかを判断します。起訴しない判断のうち、「証拠は十分だが、諸般の事情を考慮して起訴を見送る」場合を、起訴猶予と呼びます。
起訴(きそ)
「公訴は、検察官がこれを行う」(刑事訴訟法247条)。すなわち、刑事に関して訴追権を行使することをいう。なお「公訴」自体は刑事に関する訴訟そのものを意味する(刑事訴訟法254条)。
(法令用語辞典258頁参照)
不起訴処分(ふきそしょぶん)
検察官の行う終局処分のうち、公訴を提起しない処分。
(検察講義案(令和3年版)104頁)
起訴猶予(きそゆうよ)
被疑事実が明白な場合において、被疑者の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときにする処分をいう。起訴便宜主義に基づくものである。
(検察講義案(令和3年版)110頁)
示談は、この起訴猶予の判断において、考慮されうる事情の一つです。条文上、検察官は「犯罪後の情況」を考慮することができるとされており(刑事訴訟法248条)、示談はその中の重要な要素になります。
検察実務における起訴猶予判断の考え方は、司法研修所において配布される研修資料(通称「白表紙」と呼ばれます)の一冊である検察講義案(令和3年版)に整理されています。
「起訴猶予処分に付すべきかどうかを決するに当たっては、個々の具体的事件につき諸般の事情を考慮すべきであって、その基準を一様に定めることは困難であるが、要は、刑罰を科さないことが、犯人の社会復帰を著しく容易にするかどうか、また、刑罰を科さなくても、社会秩序の維持を図ることができるかどうか、に重点をおき、刑事政策的配慮のもとに決すべきである。この判定は、実務上、必ずしも不統一に行われているのではなく、長い間の検察実務の経験によってある程度の慣行上の尺度がおのずからできている。もっとも、その尺度といっても、単に一定の幅を示すものにすぎず、また、この尺度は、時代の流れや社会生活の変化により流動するものである。」
(検察講義案(令和3年版)110頁)
ここで重要なのは、検察官は「刑事政策的配慮」という観点から個別事案を総合判断する、ということです。一律の基準で機械的に決まる判断ではない、ということです。
なお、ここにいう「刑事政策的配慮」の概念については定説がなく、多義的な意味で使用されているのが現状であることが指摘されています(吉開多一「検察の活動」太田=川出編『新 刑事政策講座Ⅰ』成文堂、2026年、294頁参照)。
したがって、「示談すれば起訴猶予になる」という保証はありません。検察官が示談をどう評価するかは、事件の重大性、被害の程度、加害者の前歴、その他の事情と総合して決まります。弁護士から断定できない判断です。
弁護士が伝えられるのは、個別事案において、経験的に宥恕のある示談が成立している場合、不起訴処分となっている事案が多い、という限度の話です。
3. 示談する/しないの判断軸
あなたや家族が示談を検討するとき、もう一つ大事な視点があります。それは「何のために示談するのか」という問いです。
業界で長く語られてきた言い方は、「刑を軽くするため」「不起訴にするため」というものでした。本記事は、これと異なる立場を採ります。
業界の通説と、本記事の立場
「示談は刑を軽くする手段だ」という説明は、結果(刑の軽減)を約束する語りに傾きがちです。前章で述べたとおり、結果は弁護士にも分かりません。
もっとも、示談が量刑判断において大きな要素であることは、慶應義塾大学の小池信太郎教授による司法研修所講演(「量刑における行為責任主義と量刑事情の位置付け」司法研修所論集第135号、2025年)で体系的に整理されています。小池教授は、損害賠償・示談・宥恕について次のように述べます。
「損害賠償等は、その時期や金額(割合)に応じて、自己の不当な行為による損害であることを積極的に承認する意味を持った客観的行動として、相応に強く考慮できるだけの価値を認めうる。」
(小池信太郎・司法研修所論集135号、第III章4)
示談が量刑判断において大きな要素であることは、こうした学術的研究からも裏付けられます。
しかし、それは「示談したから必ず軽くなる」という結論保証ではありません。結論(不起訴処分・執行猶予)が個別事案でどう転ぶかは、弁護士にも分かりません。示談は量刑判断の要素として大きい。ただし結論は保証されない。これが本記事の整理です。
その上で本記事は、示談を別の角度から位置付けます。示談は、自分の起こしたことに、自分から応える行動です。
この立場は、修復的司法と呼ばれる学問領域の研究から導かれています。学問用語では「修復責任」と呼ばれます。
修復責任(しゅうふくせきにん)
修復責任とは、被害者・加害者・コミュニティの修復を促進する責任形式であり、その内容は、応答責任であり、能動責任であり、説明責任である。
(高橋則夫『対話による犯罪解決——修復的司法の展開』成文堂、2007年、第4章「犯罪・非行に対する修復責任の可能性」)
少し難しい言葉が並びました。一つずつ平易にお話しします。
修復責任の3層——応答・能動・説明
修復責任には3つの層があります。
1つ目は、応答責任です。
応答責任(おうとうせきにん)
負担の帰属・分配ではなく、責任を問い責任に答える過程を責任の中心的理念として、その観点から責任実践を捉える解釈であり、この解釈によれば、責任とは負担のような何らかの実体的なものではなく、問責とそれに対する応答という関係である。
(高橋則夫『対話による犯罪解決』第4章。瀧川裕英の応答責任論に基づく整理)
平易に言うとこうなります。「相手の問いかけに、きちんと応える責任」です。被害者が「なぜそんなことをしたのか」「これからどうしてくれるのか」と問うているとき、その問いに応える責任が応答責任です。
2つ目は、能動責任です。
能動責任(のうどうせきにん)
過去になした悪に対する責任である受動責任に対し、能動責任は、将来に対して責任をとることである。能動責任の中心的な問いは、「何をなすべきか」であり、要求される内容は、規範違反の適切な認識、帰結の考慮、自律性、義務の真摯な受容である。
(高橋則夫『対話による犯罪解決』第4章。ボヴァンス・ブレイスウェイトの能動責任論)
これも平易に言い換えます。「これからどうするかを、自分から考えて行動する責任」です。「やってしまったこと」への後ろ向きの責任ではなく、「これからどう償うか」「同じことをしないためにどう変わるか」を自分で決める前向きの責任です。
3つ目は、説明責任です。
説明責任(せつめいせきにん)
何らかのことを公的に説明する責任があるものとして捉えられる。犯罪の加害者は、私的なレベルに留めておくことはできないから、説明責任を負うわけである。加害者は、被害者・コミュニティに説明する責任を負う。
(高橋則夫『対話による犯罪解決』第4章)
これは平易な言葉とほぼ同じです。「何が起きたかを、自分の言葉で説明する責任」です。被害者に対し、捜査機関に対し、家族に対し、自分が何をしたのかを率直に語る責任です。
「客観的行動」としての示談
この3層の責任を、口で言うだけでなく、客観的な行動で表したもの。それが本記事の捉える示談です。
- 被害者に向き合って、謝罪を伝える(応答責任)
- 治療費や慰謝料を、自発的に支払う(能動責任)
- 何が起きたかを、自分の言葉で書面に残す(説明責任)
この3つがそろった示談は、結果として捜査・裁判の判断にも影響しうる客観的事情として評価される、というのが本記事の立場です。
「結果のために示談する」ではなく、「自分のなすべきことをした結果、客観的に評価される」。順番を逆にすると、依頼者の動機が誠実なものに整います。そして、結果として、捜査・裁判の判断にも届きやすくなります。
量刑の場面でも同じ
裁判官が量刑を決める場面でも、考え方は同じです。
前掲の小池信太郎・司法研修所論集(2025年)は、行為責任主義の枠内で「犯罪後の情状」をどう評価するかを論じています。示談の成立は、典型的な犯罪後の情状の一つです。
ここでも、「示談したから刑が軽くなる」という直接の因果ではなく、「示談という客観的事情を、裁判官が量刑判断において評価する」という構造です。もちろん、評価の内容は、事件ごとに異なります。
4. 弁護人にできること、その限界
ここからは、断定できる事項——弁護人が実際に何をするか——をお話しします。
弁護人の行為は外から見えます。「弁護人は◯◯します」と断定的にお話しできる領域です。ただし、その行為の結果(被害者が応諾するか、検察官がどう判断するか)は前章で述べたとおり、断定できない領域です。
被害者への接触の進め方
弁護人は、被害者に直接連絡を取ります。ただし、いきなり電話をかけることはしません。
実務での標準的な流れはこうです。
- まず捜査機関(警察・検察)を通じて、被害者に「弁護人から連絡してよいか」を確認してもらいます
- 被害者から「連絡してもよい」と返事があれば、弁護人が接触します
- 被害者が「接触してほしくない」と言えば、無理に接触しません
被害者の意思を尊重することが、すべての出発点です。これは前章で述べた応答責任の最初の一歩でもあります。
示談金の構成
示談で支払うお金には、いくつかの種類があります。それぞれを平易にご説明します。
- 治療費は、被害者がけがの治療にかかった実費です。領収書で計算できます。
- 休業損害は、けがで仕事を休んだことによる収入の減少分です。給与明細などで計算します。
- 慰謝料は、けがの痛みや精神的苦痛に対する賠償です。事案ごとに幅があります。
- 被害弁償は、これら全体を含めた「被害の埋め合わせ」を指す広い言葉です。
- 示談金は、これら全部を合算した「示談で支払う総額」を指すことが多い言葉です。
このうち、慰謝料と休業損害は、損害算定上の専門概念として整理されています。
慰謝料(いしゃりょう)
定義はない。犯罪行為により被害者が受けた不利益を金額評価する場合の、損害算定技術上の概念。
休業損害(きゅうぎょうそんがい)
傷害の治癒(あるいは後遺障害の症状固定)までに発生する就労不能ないしは通常の就労ができないことによる収入減収額を損害として把握するもの。
(日弁連交通事故相談センター編『交通事故損害賠償額算定基準(29訂版)』61頁)
金額は事案ごとに大きく異なります。本記事では具体的な相場を提示しません。個別の事案ごとに、弁護人と相談して決めることになります。
示談書に書くこと
示談書は、口約束を文書化したものです。実務で標準的に盛り込まれる項目はこうです。
- 加害者が支払う金額と、支払い方法・期日
- 被害者がその金額を受け取って、加害者を許す意思(宥恕条項)
- 被害者が処罰を望まない意思(処罰意思の不存在の表明)
処罰意思については、独立した法律用語として定義する必要はありません。「告訴を取り下げる」「処罰を望まないと表明する」といった具体的な行為で示されるものです。
- 被害届や告訴の取り下げに関する条項
- 二次被害を防ぐためのお互いの守秘条項
- 今後、この事件について争わないという確認
告訴(こくそ)
犯罪による被害者その他刑事訴訟法に定める告訴権者が、犯罪の捜査機関に対して、他人の犯罪事実を申告して犯人の訴追を求めることをいう。
(法令用語研究会編『法令用語辞典 第11次改訂版』有斐閣、令和5年、279頁)
告発(こくはつ)
犯罪による被害者その他の告訴権者及び犯人以外の第三者が、捜査機関に対して犯罪事実を申告して、犯人の処罰を求めることをいう。
(法令用語辞典281頁)
告発は、告訴とは似ていますが別の制度です。「被害者など告訴できる人以外の、第三者が」捜査機関に通報する行為が告発です。
嘆願書
被害者が「加害者を厳しく罰しないでください」と捜査機関や裁判所に伝える書面を、嘆願書と言うことがあります。
嘆願書は、示談書とは別物です。示談書は「当事者どうしの合意」を文書化したもの。嘆願書は「被害者が捜査機関や裁判所に向けて表明する書面」です。両方そろうことが多いですが、片方だけのケースもあります。
法改正アラート(令和8年1月施行)
令和6年法律第19号により総合法律支援法が改正され、犯罪被害者等支援弁護士制度が令和8年1月13日から始まっています。殺人・不同意性交等・不同意わいせつ・3か月以上の治療を要する重傷害等の事件では、被害者側に法テラス経由で弁護士が早期につく仕組みです。加害者側の示談交渉も、この新しい制度の下で組み立て直す必要があります。詳しくは本記事の第5章で扱います。
(江原淳一・山名佑美「犯罪被害者等支援弁護士制度が始まりました!」警察公論2026年4月号16頁)
5. 被害者支援弁護士制度と示談
直前の法改正アラートでお伝えしたとおり、令和8年1月13日から犯罪被害者等支援弁護士制度が始まっています。
制度の概要
この制度は、簡単に言うと、被害者側に弁護士が早期につく仕組みです。
対象になるのは、殺人・不同意性交等・不同意わいせつ・3か月以上の治療を要する重傷害といった重大な事件です。これらの事件では、被害者は、被害を受けた直後から法テラスを通じて精通弁護士の援助を受けられます。
費用は、原則として国費から支出されます。被害者本人が直接支払う必要はありません。
資力要件——流動資産300万円以下
この制度には、被害者側の資力要件があります。
具体的には、被害者の流動資産(現金・預貯金等)から一定の費用(犯罪行為により生じた負傷・疾病の療養費、申込日から1年以内に支出することになると認められる犯罪行為起因費用、既受領の犯罪被害者等給付金)を控除した額が、300万円以下であることが必要です(江原・山名・前掲17頁)。
ここで注意すべきは、収入額についての要件は設けられていないことです。民事法律扶助では収入要件が課されますが、この新制度ではそれがありません。その意味で、民事法律扶助に比べてより多くの被害者が利用可能な制度設計となっています。
加害者側にとって何が変わるか
加害者側の弁護人にとって、この制度は構造的な変化を意味します。
これまでは、被害者に弁護士がついていないケースが多くありました。加害者側の弁護人が、被害者と直接やりとりをするのが標準的でした。
これからは、被害者に弁護士がついているケースが増えます。加害者側の弁護人は、相手方弁護士と交渉する形になります。
早期接触の重要性が「むしろ増す」
被害者側に弁護士がつくことで、示談交渉の構造は次のように変わります。
- 交渉相手が「被害者本人」から「被害者代理人」に変わる
- 法的論点の整理が、より厳密になる
- 感情的なやりとりが減る一方、条件面の交渉は専門的になる
この変化を踏まえると、加害者側にとって早期に弁護人を依頼することの重要性が、これまで以上に増します。
被害者側にすでに弁護士がついている状況で、加害者側に弁護人がいないと、交渉の構造が大きく傾きます。早期の段階で弁護人を依頼し、対等な交渉構造を整えることが、加害者側にとっても被害者側にとっても、適切な解決につながりやすくなります。
まとめ
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。最後に、本記事の要点を3点に整理します。
1. 示談の本質——応答・能動・説明の3つの責任
示談は、結果を得るための手段ではありません。被害者に向き合い、自分のなすべきことを行う客観的な行動です。
その中身は、相手の問いかけに応える応答責任、これからどうするかを自分から決める能動責任、何が起きたかを自分の言葉で説明する説明責任の3層です。
2. 断定できる事項と、できない事項を分ける
示談という行為は、外から確かめられます。しかし、被害者の宥恕・検察官の判断・裁判官の心証は、外から確かめられません。
「示談すれば不起訴」「示談すれば執行猶予」と断定することは、できません。誠実な弁護人は、この境界を最初から正直にお伝えします。
3. 今すぐできる3つの行動
最後に、あなたや家族が今すぐ着手できる3つの行動を挙げます。
- 被害弁償の準備を始める——支払い能力の確認、家族の援助の検討、預金・現金の整理
- 監督者を確保する——保釈や執行猶予判断で重要になる、家族・職場の方など、あなたを支える方の協力体制を整える
- 弁護士に相談する——早ければ早いほど、選択肢が広がります。利益相反のない弁護士に、まず一度ご相談ください
刑事事件は、本人だけでなく家族の生活にも大きな影響を及ぼします。一人で抱え込まず、ご相談ください。
執筆者
横山遼(よこやま・りょう)
レナトス法律事務所 代表弁護士。刑事弁護・交通事故被害者の民事を中心に、犯罪被害者支援・家事事件にも対応。
ミッション:犯罪行為や交通事故により止まってしまった時間を進める援助。
この聖典でのレナトスの立場:
– 示談を、金額の合意ではなく、修復責任(応答・能動・説明)の自発的履行として位置付けます。
– 断定できる事項と断定できない事項の境界を、最初から正直に読者にお伝えします。
参考文献
- 我妻榮・有泉亨・清水誠・田山輝明『我妻・有泉コンメンタール民法[第8版]——総則・物権・債権』日本評論社、2022年
- 園部厚『示談・調停・和解の手続と条項作成の実務〔改訂版〕』青林書院、2022年
- 高橋則夫『対話による犯罪解決——修復的司法の展開』成文堂、2007年(第4章「犯罪・非行に対する修復責任の可能性」)
- 小池信太郎「量刑における行為責任主義と量刑事情の位置付け」司法研修所論集第135号、2025年
- 今井康介「刑事確定訴訟記録法の研究活用の提案-理論と実務の架橋に向けて-」山口厚=井田良編『高橋則夫先生古稀祝賀論文集[下巻]』成文堂、2022年
- 検察講義案
- 吉開多一「検察の活動」太田=川出編『新 刑事政策講座Ⅰ』成文堂、2026年
- 岩本憲武「刑事弁護クリニック(第1回)示談交渉」季刊刑事弁護86号、2016年
- 法令用語研究会編『法令用語辞典 第11次改訂版』有斐閣、令和5年3月23日
- 山田忠史編『新明解国語辞典 第八版』三省堂
- 江原淳一・山名佑美「犯罪被害者等支援弁護士制度が始まりました!」警察公論2026年4月号
本記事は、レナトス法律事務所の示談に対する基本的な立場を、はじめての方にも分かるかたちで整理したものです。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

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