はじめに
終局処分(しゅうきょくしょぶん)とは、検察官が事件について判断を下し、その事件を捜査機関の手から離す処分のことを言います。検察官の判断は、起訴処分と不起訴処分とに大きく分かれます。
刑事事件の当事者やその家族にとって、終局処分は、その後の生活を大きく分ける分岐点です。前科がつくのか、つかないのか。裁判になるのか、ならないのか。生活への影響はどこまで及ぶのか。
本記事では、終局処分という言葉の意味、その種類、そこに至るまでの時系列、そして終局処分の後に何が残るのかを、順を追って整理します。
本記事の構成は、次の4つの区別に沿っています。
① わかること――条文・統計・公式手続のように、誰でも確認できる事項です(第1から第3)。
② 弁護人の対応――弁護人が判断で行える行為と、そこから生じうる結果(結果は相手方や検察官・裁判官の判断に依存します)です(第4)。
③ 見立て――過去の裁判例や文献から、おおよその傾向を読むことです(第5)。
④ わからないこと――検察官・裁判官の判断は、最後まで外からは見えません(第6)。
「弁護士に依頼すれば終局処分が変わる」ということは、お約束できません。検察官の終局処分は処分の告知日まで、裁判官の判決は判決日まで、弁護士にも分かりません。この点は、第4から第6で順を追って整理します。
第1 終局処分とは何か
1 終局処分の意義
⑴ 検察講義案による定義
「終局処分とは、検察官が事件について、終局的な判断を下し、当該事件を自己の手を離れさせる処分をいう。」
── 検察講義案(令和3年版)104頁
⑵ 判断時点の結果にすぎないこと
終局処分は、検察官がその時点で下した判断であり、検察庁を法的に拘束するものではありません。たとえば、検察審査会が「起訴相当」と2回議決した場合には、強制起訴がなされる仕組みがあります(検察審査会法41条の6・41条の7)。
もっとも、こうした仕組みが実際に発動する件数は限定的です。実務上、終局処分が下されれば、その判断は一旦は確定的なものとして扱って差し支えありません。
2 終局処分の種類
⑴ 起訴処分
ア 原則:公訴提起 → 通常の刑事裁判
検察官が公訴を提起すると、原則として、事件は公開の法廷で審理される通常の刑事裁判に移行します。日本では検察官だけが起訴の権限を持っており、これを起訴独占主義(きそどくせんしゅぎ)と言います(刑事訴訟法247条)。
イ 例外:公訴提起と同時の略式命令請求 → 略式手続
例外として、検察官が公訴提起と同時に略式命令を請求した場合、公開法廷での審理は行われません。簡易裁判所の書面審理によって、100万円以下の罰金または科料が科されます(刑事訴訟法461条以下)。これも起訴の一種であり、有罪の確定により前科がつきます。略式起訴の詳細は略式起訴の解説ページで扱っています。
⑵ 不起訴処分
検察官が公訴を提起しないと判断する処分です。刑事裁判は行われず、前科もつきません。
3 不起訴処分の種類(事件事務規程75条)
不起訴処分は、ひとくくりではありません。事件事務規程(法務省訓令)75条は、不起訴処分の主文として、次の各号を列挙しています。
⑴ 主な類型
ア 嫌疑なし(同条2号17号)
犯罪の事実そのものが認められない場合の処分です。誤認逮捕や、真犯人が別にいることが明らかになった場合などが該当します。
イ 嫌疑不十分(同条2号18号)
犯罪の疑いはあるものの、有罪を立証するための証拠が不足している場合の処分です。被疑者の供述以外に犯罪を裏付ける証拠が乏しい場合や、目撃者の証言に矛盾がある場合などが、この類型に含まれます。
ウ 罪とならず(同条2号16号)
被疑事実が認められても、構成要件該当性・違法性・有責性のいずれかを欠き、犯罪が成立しない場合の処分です。正当防衛・緊急避難が認定された事案や、心神喪失が認められた事案などが該当します。
エ 起訴猶予(同条2号20号)
犯罪の事実は認められるものの、諸般の事情を考慮して訴追を見送る処分です。起訴便宜主義の発動形態であり、件数としては不起訴の各類型の中で大きな割合を占めます。起訴便宜主義は、刑事訴訟法248条が根拠条文です。
「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」(刑事訴訟法248条)
⑵ その他の類型
事件事務規程75条は、上記の主な類型のほかにも、被疑者死亡や時効完成などの形式的な事由による不起訴を列挙しています。
- ① 告訴の取消し等
- ② 刑の廃止
- ③ 刑の確定判決を経た事件
- ④ 刑の時効完成
- ⑤ 公訴時効完成
- ⑥ 刑事未成年
- ⑦ 心神喪失
- ⑧ 親告罪の告訴等の不存在または無効
- ⑨ 被疑者死亡
- ⑩ 法人等被疑者の消滅
- ⑪ その他
これらは、訴追の前提条件を欠くために起訴できない場合に用いられる類型です。
4 関連処分(微罪処分)
警察段階で事件を終結させる処分です。検察官に事件を送致しない処分であり、刑事訴訟法246条但書に基づきます。被害額が極めて少額で、被害者が処罰を希望せず、被疑者に再犯のおそれがないといった事案で運用されます。捜査段階の処分であり、検察官による終局処分ではありません。 微罪処分の詳細は、微罪処分の解説ページで扱っています。
第2 終局処分までの時系列
1 身柄事件の場合
逮捕・勾留により身柄を拘束されている事件を、身柄事件と呼びます。身柄事件には、大きく2つの進行パターンがあります。
⑴ 身柄拘束継続パターン(最長23日)
身柄拘束が継続する場合、終局処分までの時間軸は、刑事訴訟法によって厳密に区切られています。下の表のとおり、逮捕から最長23日で検察官が起訴・不起訴の終局判断を下すこととなります。
| 段階 | 期間 | 法的根拠 |
|---|---|---|
| 逮捕 → 送致 | 48時間以内 | 刑訴法203条1項 |
| 検察官 → 勾留請求 | 24時間以内(逮捕から72時間以内) | 刑訴法205条1項・2項 |
| 勾留(最初) | 原則10日間 | 刑訴法208条1項 |
| 勾留延長 | 最長10日間 | 刑訴法208条2項 |
| 合計 | 最長23日 | — |
⑵ 早期身柄解放パターン
すべての身柄事件が23日間拘束されるわけではありません。途中で身柄が解放されるパターンは、次の4つに整理できます。
| パターン | 内容 |
|---|---|
| 勾留請求なし | 検察官が勾留請求をせず、72時間以内に釈放されるパターン。 |
| 勾留請求却下 | 裁判官が勾留を認めず、釈放されるパターン。 |
| 準抗告の申立て | 弁護人が勾留決定への不服を申し立て、これが認められて釈放されるパターン。 |
| 処分保留釈放 | 勾留中の被疑者を、処分判断を保留したまま釈放するパターン。 |
これらのいずれかの形で早期に身柄が解放された場合、終局処分の判断は、その後在宅事件として進められることになります。
いずれの場合も、概ね1ヶ月で終局処分を目指す運用がされているのが実務の通例です。
2 在宅事件の場合(数ヶ月〜1年)
逮捕・勾留されず、自宅にいたまま捜査が進む事件を、在宅事件と呼びます。
在宅事件には、身柄事件のような厳密な期間制限はありません。検察官が必要に応じて被疑者を呼び出し、取調べを行い、捜査が整った段階で終局処分を下します。
実務上、在宅事件の終局処分までの期間は数ヶ月から1年程度かかることが一般的です。事案の複雑さ、被害者の意向、被疑者の弁解状況などによって、期間は大きく変動します。
| 項目 | 身柄事件 | 在宅事件 |
|---|---|---|
| 身柄の状態 | 逮捕・勾留 | 拘束なし |
| 期間制限 | 法定(最長23日) | 法定なし |
| 終局処分までの目安 | 23日以内(早期解放後は1ヶ月程度) | 数ヶ月〜1年 |
| 取調べ | 連日・継続的 | 都度呼び出し |
在宅事件であっても、終局処分の重みは変わりません。前科がつくかどうか、裁判になるかどうかは、身柄事件と同様に検察官の判断で決まります。
3 各タイミングで何が起きているか
時間軸を理解するためには、各タイミングで誰が何をしているかを把握することが役立ちます。
⑴ 逮捕直後(最初の72時間)
警察と検察官が、勾留請求するか釈放するかを判断する初動段階です。被疑者の弁解、犯罪の重大性、逃亡や証拠隠滅のおそれが検討されます。
この段階で弁護人ができることは、初回接見、勾留前の検察官・裁判官への意見書提出、家族との連絡調整などです。勾留請求段階で、弁護人が裁判官に対し勾留しないよう意見書を提出することがあります。
⑵ 勾留中(10〜20日間)
検察官が事件全体を整理し、終局判断のための証拠を集める段階です。同時に、弁護人は接見を重ね、示談交渉や環境調整を進めます。
勾留中に弁護人が動く主な内容は、次のとおりです。
| ① 連日接見による打合せ |
| ② 被害者との示談交渉 |
| ③ 身元引受人・環境調整の準備 |
| ④ 準抗告の申立て(勾留決定への不服) |
⑶ 終局処分の直前
検察官が起訴・不起訴の最終決裁をする段階です。この段階で、弁護人が意見書を提出することが多くあります。意見書には、示談の成立、再犯防止策の整備、家族の監督体制などの事情を整理して記載します。
⑷ 在宅事件の場合
身柄事件のような明確な区切りはなく、検察官が必要なタイミングで呼び出しを行います。何度か取調べが繰り返され、最終的に呼び出しの場で終局処分が告知されるのが通例です。
在宅事件では、検察庁からの呼出しの間隔が空くことがあり、依頼者から見ると「何も起きていない時間」が長く感じられることがあります。この間も、弁護人は示談交渉や情状資料の収集を継続することが多くあります。
4 終局処分までの期間の目安
「自分の事件はどのくらいで終わるのか」という問いに、一律の答えはありません。事件の重大性、証拠の集まり方、被疑者の対応、被害者の意向によって、期間は事案ごとに変わります。
おおよその目安としては、次のような幅で語られます。
・身柄事件(拘束継続) 最長23日
・身柄事件(早期解放後) 概ね1ヶ月
・在宅事件(軽微) 3〜6ヶ月
・在宅事件(複雑) 半年〜1年
これらは一般的な目安であって、個別事案ごとの保証ではありません。終局処分の時期そのものが、検察官の判断に委ねられる事項であることに留意が必要です。
第3 終局処分が変えるその後
終局処分は、その後の生活に大きな影響を及ぼします。前科がつくかどうか、社会的な制約がどうなるか、どこまでの記録が残るのか――これらは、すべて終局処分の内容で決まります。
1 前科と前歴との違い
刑事事件を扱う場面で頻繁に混同される言葉が「前科」と「前歴」です。両者は性質も影響範囲も異なります。
⑴ 前科の意義
前科(ぜんか)とは、有罪判決を受けた記録のことです。罰金以上の刑(罰金・拘禁刑など)を受けたことが前科に該当します。前科は、犯歴照会や本籍地市区町村の犯歴事務担当部署の管理する犯歴原票に記載されます。前科の詳細は前科の解説ページで扱っています。
ア 刑の種類による線引き
死刑・拘禁刑(懲役・禁錮を含む令和7年6月施行の新刑)・罰金以上の刑が確定すると、前科となります。科料・拘留は刑の種類としては存在しますが、犯歴事務取扱通達上、犯歴原票に記載される範囲が限定的です。
イ 略式命令との関係
略式命令で罰金が確定した場合も「前科」として扱われます。略式手続は書面審理であっても、有罪が確定した点に変わりがないためです。
⑵ 前歴の意義
前歴(ぜんれき)とは、捜査の対象となった記録のことです。逮捕されたが不起訴になった場合でも、捜査機関にこの記録が残ります。前歴は、警察庁・各都道府県警察が保有する犯歴情報として管理されます。
⑶ 不起訴処分の場合
不起訴処分を受けた場合、刑事裁判は行われませんから、前科はつきません。捜査対象となった記録は前歴として残りますが、前歴は一般に公開されるものではなく、就職や資格の場面で通常問題になることはありません。
| 項目 | 前科 | 前歴 |
|---|---|---|
| 発生する条件 | 有罪判決(罰金以上) | 捜査対象となること |
| 不起訴の場合 | つかない | 残る |
| 一般公開 | 原則なし(履歴書には記載義務あり) | 一般公開されない |
| 主な記録保管 | 検察庁・本籍地市区町村 | 警察庁・各都道府県警察 |
| 就職・資格への影響 | 大きい(一部資格は欠格事由) | 通常は問題にならない |
2 記録として残るもの
⑴ 残り続けるもの
不起訴処分となったとしても、事件となった記録(前歴)や指紋等の個人情報は残ります。
ア 前歴
警察庁・各都道府県警察に保管される、捜査対象となった記録です。捜査資料、犯歴照会システムへの登録などの形で残ります。
イ 指掌紋
逮捕時に採取された指紋・掌紋データが、警察庁の指紋データベースに登録されます。
ウ 写真
逮捕時に撮影された顔写真が、警察庁の写真データベースに登録されます。
エ DNA型
逮捕時にDNA採取が行われた場合、警察庁のDNA型データベースに登録されます。
オ 検察庁の記録
不起訴事件記録として、検察庁に一定期間保管されます。検察庁の保管期間は、事件事務規程に基づいて定められています。
これらの保管・データベース化は、警察活動の実務として広く行われています。一方で、これらの活動について、法律上の明文の根拠は乏しいとされています。
⑵ 記録の抹消請求が認められた事例
近年、これらの記録の抹消を求める動きが、判例として具体的な形を取りつつあります。
裁判例:名古屋地判令和4年1月18日(控訴審:名古屋高判令和6年8月30日が一審を維持・警察庁上告断念により確定)。事案は、暴行罪で起訴され無罪が確定した男性が、警察に採取された指紋・DNA型・顔写真の抹消を国に求めたものです。
裁判例を整理すると、以下のとおりです。
| 状況 | 判旨の評価 |
|---|---|
| 一般的なデータベース化 | 「狭きに失する」として容認 |
| 余罪・再犯捜査のための保管 | 許容できる |
| 公判による審理を経て犯罪の証明がないと確定した場合 | 「保管する必要がなくなった」と解すべき |
判旨は、抹消請求の法的根拠を人格権に基づく妨害排除請求としました。憲法13条が導く「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」を基礎に置く構成です。
そして、令和7年1月、実際にDNA型データの抹消が確認されたと報じられました。
⑶ 不起訴処分への射程
もっとも、上記のとおり本裁判例は無罪判決が確定した人を対象としたものであり、不起訴処分や有罪判決となった場合には射程が及ばないものと考えられています。
判旨は明確に「公判による審理を経て、犯罪の証明がないと確定した場合」を要件として設定しました。不起訴処分は公判による審理を経ていないため、判旨を直接当てはめることは困難です。不起訴処分を受けた依頼者に対しては、指紋・DNA型・顔写真などの記録が抹消されることを前提に話を組み立てることはできない、というのが現状です。法整備による解決が必要な領域であり、今後の立法・判例の展開を注視する必要があります。
3 各種資格・職業への影響
前科がつくかどうかは、各種資格・職業に影響を及ぼします。
⑴ 資格制限
弁護士・医師・教員・公務員などの一部の職種について、特定の前科があると資格が制限されます。
⑵ 海外渡航
一部の国では、前科があるとビザの取得が困難になることがあります。
⑶ 就職活動
履歴書の賞罰欄への記載義務が生じることがあります。
これらの影響は、罰金以上の刑が確定したかどうかで線引きされるのが通例です。略式起訴で罰金が確定した場合も「前科」として扱われる点には注意が必要です。
不起訴処分を受ければ、これらの影響は原則として生じません。
第4 弁護人の対応
終局処分に向けて弁護人が行う活動を整理します。弁護人として行える行為と、そこから生じる結果(相手方・検察官・裁判官の判断による)は、分けて理解してください。
1 接見・打合せ
弁護人は、被疑者と接見し、事件の経緯・処分の見通し・取調べへの対応を打ち合わせます。接見交通権は弁護人の基本的権利として認められています(刑事訴訟法39条1項)。逮捕直後、身柄が警察署にある段階から、弁護人は接見を行うことができます。
接見では、次のような事項を確認・打合せします。
ア 事件の経緯と被疑者の認識
イ 取調べでの応答方針(黙秘権・供述拒否権を含む)
ウ 身元引受人や家族との連絡調整
エ 示談を含む被害者対応の意向
オ 想定される処分の見通し
接見を通じて依頼者の理解・協力が得られれば、事件方針について意思疎通が円滑になり、その後の弁護活動が進めやすくなります。もっとも、依頼者の理解度や心情の状態によって、すり合わせに時間を要する場合もあります。事件方針は、依頼者本人の意思に最終的に委ねられるべき事項です。弁護人の側で結論を一方的に決めることはできません。
2 示談交渉
弁護人が被害者側に連絡を取り、謝罪の意思を伝え、被害弁償の条件を交渉します。被害者の連絡先は、原則として捜査機関を介して取得します。示談の詳細は示談交渉の解説ページで扱っています。
示談の中で交渉される条件としては、次のようなものがあります。
ア 謝罪の方法と謝罪文の交付
イ 被害弁償金(示談金)の額と支払方法
ウ 宥恕(被害者からの「許す」旨の意思表示)の有無
エ 接近禁止条項などの再発防止条件
オ 守秘条項
示談が成立すれば、不起訴方向に働く事情として検察官に伝えることができます。とくに宥恕付の示談は、起訴猶予判断に大きく影響する要素として扱われるのが通例です。
もっとも、示談の成立だけで不起訴が確定するものではありません。検察官は、示談の有無を1つの要素として、起訴猶予の判断材料に組み込みます。被害者が示談に応じるかどうか、応じる場合の条件についても、相手方の判断に依存します。被害者の感情が強い事案では、示談自体に応じてもらえないこともあります。
3 検察官への意見書
弁護人は、終局処分の前に、検察官に対して被疑者に有利な事情をまとめた意見書を提出することができます。前科の有無、家族状況、再犯防止策、示談の進捗、被害者との関係などを整理し、書面として届けます。
意見書には、起訴便宜主義の運用にあたって考慮されるべき事情(刑事訴訟法248条が列挙する各事情)を、個別事件に即して当てはめる形で整理します。
意見書は、検察官の判断材料として作用します。検察官が意見書をどのように評価するか、提出された情報のうちどの事情を重視するかは、検察官の判断に委ねられます。意見書の内容が必ず反映されるとは限りません。
4 身元引受人・環境調整
家族や勤務先による身元引受、再犯防止策の整備など、被疑者の生活基盤を整える活動です。具体的には、次のような書面・対応を準備します。
ア 身元引受書(家族・勤務先からの引受意思の表明)
イ 再犯防止計画書(生活環境の改善・治療プログラムの参加など)
ウ 復職・就労継続に関する勤務先の意向書
エ 監督者との同居・通院などの環境整備
身元引受人がいること、再犯防止のための具体策が用意されていることは、起訴猶予方向の判断要素になります。検察官は、これらの環境調整が形式だけのものではなく、実体を伴っているかを見ます。
ただし、身元引受人を確保できるかは、家族・勤務先の協力に依存します。家族関係が断絶している場合や、勤務先の協力が得られない場合には、環境調整自体が困難なこともあります。
5 証拠の検討・反論(嫌疑不十分を目指す場合)
被疑者の供述、客観的証拠との整合性、捜査機関の主張への反論を検討します。供述調書の任意性・特信性に問題があれば、その点を指摘する書面を提出することもあります。起訴前段階では証拠開示が限定的であるため、弁護人が把握できる範囲には限界があります。
検察官が証拠不十分と判断すれば、嫌疑不十分による不起訴の方向に働きます。もっとも、検察官がどの程度の証拠で起訴を判断するかは、検察官の判断に委ねられます。同じ証拠状況でも、検察官の判断によって結論が分かれることがあります。
第5 弁護人の見立て
過去の裁判例・文献・統計・実務経験から、終局処分の見通しについておおよその傾向を読み取ることがあります。次に取り上げる第6(わからないこと)と混同しないために、本章で独立に整理します。
1 見立ての情報源
⑴ 公刊判例
判例集(刑集・判時・判タ)や判例データベースから、類似事件における起訴・不起訴・量刑の傾向を読み取ることができます。判決文には、犯情・一般情状の評価、量刑判断の理由が記載されており、同種事件の処理傾向を読み取る素材となります。
なお、不起訴処分そのものは判例にならないため、公刊資料から不起訴判断の傾向を直接読み取ることはできません。不起訴の傾向は、後述の検察統計や、起訴された事件の量刑分布から間接的に推測することになります。
⑵ 文献
量刑相場本、実務書、検察講義案などの文献から、罪名ごとの一般的な処分傾向や量刑の幅を読み取ることができます。代表的な文献としては、司法研修所編『刑事判決書起案の手引』、井田良ほか『新基本法コンメンタール刑法』、各種の量刑相場本などがあります。
⑶ 検察統計年報・犯罪白書
検察統計や犯罪白書から、罪名別の起訴率・不起訴率の集計値を確認することができます。令和5年(2023年)の検察統計によれば、不起訴率は全体で約68%です(『令和6年版犯罪白書』2-1-1図)。
ただし、これらは集計値であって、個別事件の事情を反映したものではありません。同じ罪名でも、軽微事案と重大事案では処理が大きく異なります。集計値だけを根拠に個別事件の見通しを語ることには注意が必要です。
⑷ 弁護人の経験
過去の取扱事件における処分結果も、見立ての情報源となります。ただし、個々の弁護人の経験には偏りがあるため、公刊資料・統計と突き合わせて補正する必要があります。
2 「可能性が高い」と「わからない」の区別
実務の中で見られる傾向として、過去事例からの見立て(本章)と、判断者の頭の中(第6)を「可能性が高い」の一語で混同してしまうケースがあります。
本記事では、両者を明確に区別します。
⑴ 見立て(過去事例からの傾向)
「過去の裁判例によれば、〇〇の場合は不起訴処分となる例が多い」というのは、見立てです。情報源は公刊資料・統計・実務経験であり、誰でも検証可能な範囲の情報です。
⑵ わからないこと(判断者の頭の中)
「この事件で検察官がどう判断するか」は、検察官個人の判断であり、外からは見えません。過去事例の傾向から逆算しても、目の前の検察官の判断を当てることはできません。これは第6で整理します。
⑶ 区別が必要な理由
⑴ と⑵を「可能性が高い」で括ってしまうと、依頼者は「弁護士が見通しを示したのだから、そのとおりになるはずだ」と受け取りがちです。しかし、見立ては傾向の話であり、判断者の頭の中とは別物です。両者を分けて伝えることが、依頼者との関係の基礎になります。
3 終局処分の見立ての限界
⑴ 見立ては過去事例の集積からの傾向にすぎない
過去事例の傾向は、個別事件の判断を保証するものではありません。あくまで参考情報です。実際、同じ罪名・同じ犯情の事件でも、検察官が異なれば判断が分かれる場合があります。
⑵ 個別事件の事情で変動する
被害感情、被疑者の前科前歴、家族状況、再犯防止策の充実度、事件の社会的注目度などによって、同じ罪名でも処分内容は変わります。見立ては、個別事情を踏まえて補正する必要があります。
⑶ 法改正・運用変更により変動する
罪名や量刑相場は、法改正や運用の変化によって変動します。性犯罪関連の法改正(令和5年)、拘禁刑の創設(令和7年)など、近年の改正により、処分傾向が変わりつつある罪名もあります。古い見立てをそのまま当てはめることには注意が必要です。
第6 わからないこと
1 検察官の判断は外から見えない
⑴ 検察官独立の制度設計
起訴・不起訴の判断は、検察官の判断によります。検察官は独立して職権を行使することとされており(検察庁法4条)、その判断過程は、決裁を経た最終結果としてのみ外部に表れます。決裁過程の内部資料は、捜査関係の文書として公開の対象になりません。
⑵ 起訴便宜主義(刑訴法248条)
刑事訴訟法248条は、起訴便宜主義を定めています。
「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」
── 刑事訴訟法248条
「公訴を提起しないことができる」という規定の構造から、検察官には起訴・不起訴を判断する裁量が認められています。
⑶ 起訴猶予判断の総合判断性
「起訴猶予処分に付すべきかどうかを決するに当たっては、個々の具体的事件につき諸般の事情を考慮すべきであって、その基準を一様に定めることは困難であるが、要は、刑罰を科さないことが、犯人の社会復帰を著しく容易にするかどうか、また、刑罰を科さなくても、社会秩序の維持を図ることができるかどうか、に重点をおき、刑事政策的配慮のもとに決すべきである。」
── 検察講義案(令和3年版)110頁
「刑事政策的配慮」は、検察官の裁量による総合判断です。一律の基準で機械的に決まるものではありません。この概念については定説がなく、多義的な意味で使用されている現状が指摘されています(吉開多一「検察の活動」太田=川出編『新 刑事政策講座Ⅰ』成文堂、2026年、294頁参照)。
⑷ 判断は外から見えない
つまり、検察官の判断は検察官個人の頭の中で行われるもので、外からは見えません。同じ犯情・同じ証拠状況であっても、担当検察官が異なれば、判断が分かれる場合があります。これは制度の不備ではなく、起訴便宜主義による検察官の裁量を制度的に保障した結果です。
2 「弁護士に依頼すれば終局処分が変わる」は約束できない
⑴ 行為と結果の連結ではない
第4(弁護人の対応)で挙げた弁護活動は、いずれも検察官に対して判断材料を届ける活動です。届け方・伝え方によって、検察官の判断材料は変わります。
もっとも、検察官が最終的にどのような判断を下すかは、判決日まで(あるいは処分の告知日まで)誰にも分かりません。「弁護士に依頼すれば不起訴になる」「弁護士に頼めば執行猶予になる」という語りは、外からは見えない検察官・裁判官の判断を、依頼という行為の結果として直結させる表現です。これは、本来分けて語るべきものを混同しています。
⑵ レナトスの立場
レナトス法律事務所は、この点について、最初から正直にお伝えする立場をとります。弁護人ができるのは行為であり、結果を約束することはできません。
これは、依頼者を不安にさせるための言明ではありません。むしろ、依頼者に対して「弁護人と一緒にできることを尽くす」という関係性をはっきりさせるためのものです。結果を約束しないからこそ、行為に集中し、最後まで丁寧に取り組むことができます。
3 それでも依頼者と弁護人が共有すべきこと
第1から第3までのわかること、第4の弁護人の対応、第5の見立て、そして本章のわからないこと――この4つを、誠実に区別して共有することが、依頼者と弁護人の関係の基礎となります。
⑴ わかることは正確にお伝えします
条文・統計・公式手続は、最初から正確にお伝えします。
⑵ 弁護人の行為と結果を分けて説明します
弁護人としてできる行為と、その行為から生じうる結果(条件付き)を分けて説明します。
⑶ 見立てと判断者の頭の中を区別します
過去事例からの傾向(見立て)と、検察官・裁判官の判断(わからないこと)を、混ぜずに伝えます。
⑷ わからないことを「わかる」と装わない
最後まで分からないことは、分からないと正直にお伝えします。この前提のうえで、できることをやり切ること。これが、刑事弁護の基本姿勢です。
まとめ
1 わかること/弁護人の対応/見立て/わからないことの整理
⑴ わかること(第1〜第3)
終局処分には起訴処分と不起訴処分があり、起訴処分はさらに通常の公訴提起と略式命令請求に分かれます。不起訴処分は事件事務規程75条により嫌疑なし・嫌疑不十分・起訴猶予などに分類されます。身柄事件は最長23日、在宅事件は数ヶ月〜1年が時間軸の目安です。
⑵ 弁護人の対応(第4)
接見・示談交渉・意見書提出・環境調整・証拠の検討――いずれも、弁護人が判断で行える行為です。結果は、相手方・検察官の判断によります。
⑶ 見立て(第5)
過去の裁判例・文献・統計から、おおよその傾向を読むことができます。ただし、見立ては個別事件の結果を保証するものではありません。
⑷ わからないこと(第6)
検察官・裁判官の判断は、最終的に処分・判決の告知日まで分かりません。弁護士でも分かりません。
2 今すぐできる3つの行動
⑴ 時系列の把握
身柄事件なら最長23日、早期身柄解放なら概ね1ヶ月、在宅事件なら数ヶ月から1年というおおよその目安を踏まえ、いま自分がどの段階にいるかを把握してください。時系列を把握できれば、いつまでに何を準備すべきか、見通しが立てやすくなります。
⑵ 弁護人の行為を尽くす
結果を保証することはできませんが、接見・示談・意見書・環境調整といった弁護活動を尽くすことに意味があります。検察官に判断材料を届けることそれ自体が、終局処分に向けた具体的な行動となります。
⑶ 弁護士に相談する
早ければ早いほど、選択肢が広がります。逮捕直後の72時間、勾留期間中、起訴・不起訴の判断直前――どの段階でも、弁護人ができる行為があります。利益相反のない弁護士に、まず一度ご相談ください。
刑事事件は、本人だけでなく家族の生活にも大きな影響を及ぼします。一人で抱え込まず、ご相談ください。レナトス法律事務所は、終局処分について、わかることとわからないことを区別したうえで、できる行為に集中する立場でお手伝いします。
よくある質問(FAQ)
Q1. 不起訴と起訴猶予の違いは?
不起訴は、検察官が起訴をしないという終局処分の総称です。起訴猶予は、その不起訴処分のうちの一類型で、犯罪の事実は認められるが諸般の事情を考慮して訴追を見送る処分のことを言います。他の主な類型としては、嫌疑なし(犯罪の事実そのものが認められない)、嫌疑不十分(証拠が不足している)、罪とならず(構成要件・違法性・有責性のいずれかを欠く)があります。いずれも「不起訴」であり、前科はつきません。事件事務規程75条には、これら以外にも被疑者死亡、時効完成、刑事未成年など、不起訴とすべき各種の事由が列挙されています。
Q2. 不起訴になっても前科はつく?
つきません。前科とは、有罪判決を受けた記録のことを指します。不起訴の場合、刑事裁判そのものが行われませんから、前科はつきません。ただし、捜査対象となった記録は「前歴」として警察に残ります。前歴は一般に公開されるものではなく、就職などの場面で通常問題になることはありません。
なお、指紋・DNA型・顔写真などの個人情報は、不起訴処分となった場合でも、警察庁のデータベースに保管され続けるのが現状の運用です。これらの抹消請求については、無罪確定者を対象とした名古屋地判令和4年1月18日(控訴審で確定)の判決があるものの、不起訴処分者には射程が及ばないと考えられています(本文第3・2⑶参照)。
Q3. 不起訴率はどれくらい?罪名で違う?
令和5年(2023年)の検察統計によれば、刑事事件の不起訴率は全体で約68%です(『令和6年版犯罪白書』2-1-1図)。約7割が不起訴処分となっています。罪名による違いは大きく、窃盗・暴行・傷害などの比較的軽い犯罪では不起訴率が高い傾向、殺人・強盗・重大な性犯罪などの重大犯罪では起訴率が高い傾向にあります。ただし、これは統計上の傾向であって、個別事件の結果を保証するものではありません。
Q4. 終局処分を待つ間、何が起きているのか?
身柄事件の場合、検察官が事件の証拠を整理し、起訴・不起訴の判断のための材料を集める段階に入っています。同時に、弁護人は接見を重ね、示談交渉や環境調整を進めます。在宅事件の場合は、検察官が必要なタイミングで呼び出しを行い、取調べを重ねていきます。いずれの場合も、終局処分の判断の直前に、弁護人が検察官に意見書を提出することが多くあります。
Q5. 弁護士に依頼すると終局処分が変わるか?
「変わる」とお約束することはできません。弁護人ができるのは、接見・示談・意見書・環境調整などの行為であり、検察官・裁判官の判断(結果)を約束することではありません。
もっとも、弁護活動を尽くすことには、検察官に判断材料を届けるという意味があります。被害者との示談が成立すれば、起訴猶予方向に働く事情として検察官に伝えることができますし、再犯防止策の整備が整っていれば、それも判断材料として作用します。「結果は分からないが、できることをやる」という構えで臨むことが、最も誠実な姿勢です。
Q6. 終局処分に不服がある場合の対応は?
被害者の側に不服がある場合(不起訴処分への不服)は、検察審査会(けんさつしんさかい)に審査を申し立てることができます。検察審査会が「起訴すべき(起訴議決)」を2回行った場合、強制起訴(指定弁護士による起訴)がなされます。
被疑者・被告人の側に不服がある場合(起訴処分への不服)は、刑事裁判の中で無罪を主張することになります。起訴の取消しは、検察官の側でしかできず、被告人側からの起訴取消請求は認められていません。略式命令に不服がある場合は、命令を受けた日から14日以内に正式裁判を請求することができます(刑事訴訟法465条1項)。正式裁判の請求があれば、通常の公判手続による刑事裁判が行われます。
手続の詳細は、弁護士にご相談ください。
参考文献
- 検察講義案(令和3年版)司法研修所
- 吉開多一「検察の活動」太田=川出編『新 刑事政策講座Ⅰ』成文堂、2026年
- 『令和6年版犯罪白書』法務総合研究所
- 法令用語研究会編『法令用語辞典 第11次改訂版』有斐閣、令和5年
- 事件事務規程(法務省訓令)
- 刑事訴訟法
- 名古屋地判令和4年1月18日(指紋・DNA型・顔写真抹消請求事件・控訴審:名古屋高判令和6年8月30日が一審を維持・確定)
- 検察庁法
本記事は、レナトス法律事務所の終局処分に対する基本的な立場を、はじめての方にも分かるかたちで整理したものです。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。
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